2011年6月4日土曜日

なぜか!?

私もコメントが入力できなくなり…
彷徨坊主さん、すみません。下記に取り合えず引越ししました。

http://blog.goo.ne.jp/gintantan8255

自分で決める



結局、「自分でやろう」と自己決定しない限り、変われない。

その自己決定のために「こうあるべきでは…」ということを周囲が示すことはできても、だから「こうします。」ということは本人が決めない限り、やらせようとしてもするはずはなく、やっているようでもその子に(人に)とって、身に付いた、というものにはならない。

そして、自己責任を負わず「言われている通りにしているのに…」と他者のせいにする。


発達障害の特性がある子たちと向き合い、わがままやなまけとは違うから…と許容するものと、発達障害であろうとなかろうとしなくてはいけないことの区別をどう考えるか、常に問われてきた。

その意味を考えず、体裁や見栄のためにどうでもいい約束を強いられるようなことには「ほっておいてください。」と言い、この子が自分なりに社会に生きる人になるために、と思うことにはしっかり向き合わせる、と言えなければいけない。

その上で「君は自分で決めてやろうとしているか。」と問う人でなければ…。


今週は、朝登校できない理由をぐたぐた言う子に「学校に行こうと思っているか。」と問い、「こんなんしたくない、将来困っていいもん。」と言う子に「困っていいなら、今、これをやって困りなさい。」とプリント課題をやらせ…今年度、何を中心にして、子どもとその保護者や先生たち、と私が”かかわる”のか、少しずつ教えられてきたように思う。


自分で変わろうと思うのか、そのために動く意思があるのか、神さまの前で、それぞれに応じて自己決定・自己責任を問われることは、等しく同じである。


写真は、チョーマイペースの小4女子の手にかかったワニワニパックンである。現在、彼女と私の関係は、私がこのワニワニパックン状態である。トホホのホ…だ。

2011年6月2日木曜日

長年の思い込み

日本は、どうなるのか。辞める、と言ってしまった菅首相でどうなるのか、次といっても…。 被災地の方はほんとうに深刻な状況だ…。

ところで、
この人は誰でしょう。お分かりになる人は、美術関係に詳しい?方なのでしょうか。


ヴァシリー・カンディンスキーです。


兵庫県立美術館で今「カンディンスキーと青騎士」展だったか、やっています。観に行きたいな、と思っています。そもそもなんで私なんぞが”カンディンスキー”に関心があるか…。


実は、松田聖子の「パール-ホワイト・イブ」(詞:松本隆)という曲のラスト近くに「カンディンスキーの雪が溶けて 滑り落ちてく」という歌詞があり、名前だけ記憶していた。今日、Youtubeの動画で松田聖子が歌うのを観てみると、「カンディンスキーの~♪」という部分の歌詞が「壁のスキーの」と字幕が出ていた。「えぇ!ウソ~」とびっくりし、ネットで調べると確かに「壁のスキーの雪が溶けて」だった。


なんちゅう思いこみ…不気味な松本隆ワールドにこのようにはまり込んでいたとは、う~ん、バカだ。


ちなみに松本隆は、この人。手前は佐野元春だろう。

兵庫県立美術館は、なかなかステキだ。お茶も兼ねて行ってみよう。


私の分を歩むしかない。

2011年6月1日水曜日

ぼつぼつ


疲れの原因は、自分の内にある動機だと、しみじみ教えられる。

おかしな動機で始める行いでは、なんともどんよりとした疲れが生まれる。

動機が正しく導かれたなら、同じ行いでも変な疲れは生まれない。

自分の動機は、何を根拠にしているのか、そこにこそ注意・集中することが大切だ。


シルバニアンファミリーがこんなに高いおもちゃとは思わなかった。娘らは知り合いからおさがりをもらい、それにちょっと買い足したのでわからなかったが、一からそろえると、高い…1万円くらいすぐするじゃないか。公費で買う教材とはいえ、1万は…5千円弱で用意したが、楽しく遊べたので準備した甲斐があった。


柑橘系の木にうじゃうじゃ産み付けられたアゲハの卵や幼虫を3年生取りに来させた。一時、卵や幼虫はいなくなったが、また、産み付けられた卵から幼虫が育ってきた。3年生が持って行ったアゲハは教室で緑の立派な幼虫になっていた。テストの〇つけを手伝うと「Q1:モンシロチョウとアゲハが卵を産む葉は違いますか?」⇒「A1:違う」「Q2:それはどうしてですか?」⇒「A2:幼虫がすぐ葉を食べられるため。」という問題があり、Q2の答えに「一番おいしいから」とあったり「とりあいになるとなくなるから」とあったりした。前者は、うまいまずいではないので×、後者は、モンシロチョウとアゲハが同じ葉を食べると取り合いになるから違う葉に産む、ということだろうと〇にした。妙に「なるほど」と思った。


分をわきまえる、動機を正しく導かれる、…さあ、明日もぼつぼつやろう。

2011年5月29日日曜日

違う刺激を

昨日は職員親睦バレーボール大会。オール単学級の小規模校では、戦力には程遠い私も参加せざるをえず…20年近く前は主役級でやれていたのだが…ははは。

しかし、ときにはこういう刺激を体に与えないといけないな~と思う。体を動かすことは嫌いではなく、ジムで走ったり泳いだりはしている。同じメニューをこなすと体はいい感じだが、同じことをしていては気かないことがある。思うように体は動かない、が、楽しかった。チャレンジ6:バレーボールにしよう。チャンレンジ50プランは、ちょっとスロー過ぎて50にとどくか、いやいや、これからだ。


4月の末にひいた風邪がようやくスッキリした。一月かかったが、やっと体調も戻ってきたので、6月は、また、ぼちぼちとやろう、と考えている。写真も撮れていない、前回の子の箱庭を見ていると、なかなか面白くて掲載した。


先日は、医者や教育ジャーナリストが「こどもがどう育っていくのか」と語られるのを興味深く聴いた。それに対し教師は「こどもが学校でどうか。」という話からどしても出にくいように思う。言うのは簡単、言うのは簡単、…私も、さてどう考えたものか、というケースを委ねられている。

2011年5月21日土曜日

ビックリ箱

箱庭療法は有名だ。やはり有名な先生によって学派っぽいものがあるようで…詳しくは知らないが、知り合いの先生からもらった学会の研究会は、びっくりするような参加費だった。ぼった〇〇…ではないか!

そんなことはさておいて、今週も「砂で遊ぶ」と、これが気に入った彼女に付き合い箱庭コーナーですごした。露出を-1にするとすだれごしに入る西日(2時過ぎだが)がいい感じになる。記録、と思ったので標準にもどしたが、これなら次回は露出-1でいろいろ撮ってみよう。今回も私が撮ったものを印刷し、彼女と一緒に見てお話しした。フォトブックキットも注文したので、彼女の箱庭物語が最初の1冊目になるか…。

こんなふうにかかわりが始まる子もいれば、いろいろだ。

新年度から30名弱のケース(子どもと、その家族、及び先生)を担当している。その中に、今までになかったようなトラブルが起きたケースが1つある。担任と、親も私もぶつかって敵対関係のようになった。ついに母親が泣いて訴え、担任がその姿に引いた状態だ。その後、校内でいろいろ話し合いもあったようで、しかし、本当に担任が理解しているわけではない。私も、学校からいろいろご批判を受けた。「ふざけるな、だぼ!」が正直な気持ちで、私にも言い分(結構、当たり前のことと思っている、当然ながら)はある。しかし、言うのは勿論やめている。今週、母親に「私の甘さで、ミスです。申し訳なかったです。」と謝った。今後こんなことがないように保護者と一緒に申し送り資料を作る話をした。

このケースの失敗?が心にあり、良好にスタートしているケースの話も、嬉しいのだけど単純に喜べない。それでいいのだろう、このケースがないと、私はただのバカになっているだろう。
6年生の子と立方体の展開図を勉強しているとき、箱の中に箱、その箱の中にまた箱が…を思いつき、最後はビックリ箱にすることにした。

ある子は何を描いたか見せようとしないので、ちょっと気になり、漫画を読んでいるすきにこっそり見た(いつもはこんなことしません^^)。すると「ありがとう」と一言書いているではないか。
この子の気持ちの状態を感じ、すごく嬉しかった。すぐ別の子とするときに私はパクらせてもらった。開けて開けて最後が「ありがとう」っていいじゃないですか。

そうなんだ、最後は「ありがとう」が本当なんだ、一つ一つを感謝したい。

2011年5月14日土曜日

何を大事としているか




ぎっちり詰まった一週間が終わり、天気のよい土曜日になった。目の前のことに振り回されたり追い立てたりせず、何を大事とするか、しっかり考えたい。つつかれるとすぐ感情で反応してしまう弱さを感じる。感情によるものや、動機を考えない言動は行き詰るし、よいものに向かわない。


いのちが育つ、ということは人手を超えたものによる。人手を尽くせば尽くすほど、そのことを教えられるように思う。


過敏さとこだわりから教室におれない子と人形で遊んだ。彼女が並べる人形を「お話しているの?」「ごはんを食べているの?」と声をかけ、ただその世界を私が味わっていく。その30分が彼女のこころを整え、教室での刺激を受け止められるようになってくれればと思う。私は整体が好きだが、いい先生はゆっくり休ませて体を弛めさせてくれるとともに自分では気づかない自分の体のことを伝えてくれる。そして、整体の場を出てから日常の中で自分の体をどうしていけばよいか気付かせてくれる。彼女も私のところで休まるとともに「こうやれば、私は大丈夫」と思えるようになる気づきを自分で得て欲しい。他者の人手ではなく自分が得て行くものでなければやっぱりだめだ。そういった気付きや生き方を本人が得て行くのを見守ることを、私が求めなければいけない。

小3からかかわった子が、この春中1となった。


どんな中学校生活を送れるか、ずっと話し合ってきた。中学になり担当はかわったが、話を聞くと予想以上にがんばって学校生活を送っているようだ。「がんばっているな~」と声をかけ、いつものアホな雰囲気の抱擁をした。制服姿を撮らせてもらった。小4の頃はカメラを向けると怒って絶対撮らせなかったが、「撮っていい?」と聞くと「ええで。」としっかりカメラを向いてくれた。この先の彼の成長も簡単とは思えない。しかし、成長させてくださる方に期待しよう。


種を地面に植えるか鉢に植えるか、子どもが学校という枠で育つか、それ以外の枠で育つか、いずれにしても枠にあわせることではなく育つことを見守らなければ…。週末は、静まって考えたい。

2011年5月10日火曜日

どう見るか



私のところへ来た小4の女の子が上の掲示物を見て「避難訓練なのに、この子はあくびしている、だめじゃな~い。」と言った。いやいや、これはハンカチで口を押さえているんだよ、と横にいたお母さんは説明するけれど「あくび、あくび」と笑っていた。
あくびをしている、は面白いけど、教室で避難訓練の話をしているときに「あくび、あくび」と笑われると先生はちょっと困るだろうな、と思った。本人にちゃかしてやろう、なんて悪気は全くないので余計に…。
先日、研修を受けていると、ある大学の先生が「脳で見る」という話をされた。見たものをどう理解するか、は脳の働きであり…と説明された。当たり前と言えば当たり前だが、見たものをどう意味理解するかはいろいろ考えさせられるところである。

これは先日私が作ったミートスパとサラダ。まずミートスパは注文しない私が、チャレンジしてみた。ミートソースはもちろん缶詰、それにたまねぎとひき肉を炒めて入れた。やらないことをやってみてチャレンジ5つ目にした。

2011年5月7日土曜日

かかわり…具体的で個別的な特殊性



昨日は、連休の谷間ながら学校徘徊を入れず通常業務にした。3人の子どもと4人の保護者に会った。5時過ぎに終わると、「やっと終わった~」と思わず言ってしまった。これを”通常業務”というのも変だが、一つ一つのケース(子ども、保護者、そして、かかわる先生たち)に向き合うのが私の”通常業務”、つまり、中心にある、核となる、ものである。学校をまわってペラペラしゃべるのは、この一つ一つのケースに向き合う”通常業務”があるから派生するものであって、ペラペラしゃべるのが”通常業務”には成り得ない。


「かかわり」こそが意味があることで大切なことなのだ。


「具体的で個別的な特殊性から普遍性が生まれる。はじめから普遍性を求めたりねらったりしては何も生まれない。」とはリコーダー講座でSaltさんが語られたこと。直接は哲学や芸術に関することばのようだが、私は、自分の仕事の在り方として肝に銘じるつもりで聴いた。

私は「具体的で個別的な特殊性」をしっかり求め追う、つまり、一つ一つのケースに向き合い、生々しいかかわりを築くことが第一とされることである。その私の「具体的で個別的な特殊性」にこそ、他の人の参考になる普遍性が生まれてくるのだろう。他の人の役に立ちそうなことを考え出して話を作っては、チョー胡散臭いものにしかならない。うまく話せば話すほど臭い。


だから、「かかわり」こそに意味がある。第一とし、しっかり見つめるべき”場”として私に与えられたものだ。


落ちていた長靴、それをわかるように誰かが置いたような風景、予想もつかないワールドをもつ女の子の箱庭、咲き誇り、見つめていると変に落ち着かなくなる花々、…与えられた仕事から、こんな「具体的で個別的な特殊性」を大事にし、ぼつぼつ淡々とやっていきたい。

2011年5月5日木曜日

田植え




田舎に帰り、田植えをちょっと手伝った。本当に今までロクにかかわらなかったのだが、ここ数年、山間にある田んぼの風景など、残したいな、と思うようになった。しかし、生易しいことではなく、山も田んぼも生計としてかかわるくらいの労を払わないと維持できない。ちょっと帰って手伝うようなことでは全くお話ならない。40年前の子どもの頃と変わらない風景もあれば、耕されず手入れされず崩れ荒れるままの元田んぼや山林がある。


この国が向かうところは深刻だ。


一般民は善良で誠実で、権力を持つ政治家や官僚や財界人や学者やメディアや…が悪い、といったことだけではないだろう。私の田舎に大きな工場ができ雇用が増え所得が上がるなら喜んで誘致した、するだろう。こうなってしまったのは”〇〇のせい”だけでなく、みんな、それぞれ責任をとらなければならないことがある。それはそれとして、一つでも多く悪が正され、悲惨な状況に置かれている方を救ってほしい。


やはり、個々人が何に向かっているか、その一点だけが大切と思う。

2011年5月3日火曜日

まいった、まいった

前回の銭湯の後、きっちり風邪をひいてしまった。いろいろな意味でちょっと反省した。翌日の1日は休養を兼ねだらだらと家で過ごし、昨日はヘロヘロで学校徘徊をした。旧知の教頭先生が、私の鼻声を心配してくださったのだろう、別れ際「頑張ってください。」とチオビタドリンクを握らせてくれた。あはは、っと内心で笑い、励ましを感謝して受けた。


写真は、高1の娘が学校で行った布引のハーブ園で撮ったもの。他の写真をみても楽しそうだ。父もちょっと嬉しい。

三ノ宮や元町に行くと観光の方も多い。私は、今日から田舎で田植えをしてくる。デジカメのバッテリィを充電し、iPodに仕込みもして…連休後半を楽しもう。

2011年4月30日土曜日

オフ

今日は、かねてからやってみたかった、お楽しみディをやってみた。

午前中にジムへ行き、軽く走って軽く筋トレしてストレッチ、いつもはジムのサウナ&風呂だけど、それをせずジムを出て、もっこすのラーメンを食べに行く。もっこすは神戸にあるラーメン屋でチェーン店にもなっており、別に今さら特別紹介するような店ではない。しかし、私個人はムショウに食べたくなることがあり、ちょいちょい行く好きなラーメン屋だ。ラーメン+白ご飯+ギョーザの800円セットを食べてると、じつに寛げる。ご自由に、とある黄色のたくあんも大好きだ。今日も、のんびり食べていると、隣のおっちゃんが、これも”ご自由に”のとうがらしまみれのニラを山ほど入れ、追加のネギをぶっこみ、おいしそうに食べていた。カウンターの向かいに座ったおっちゃんはたくあんをギョーザのタレ用の小皿に入れきれいに入れ、ラーメンが来るのを待っていた。それぞれの味わい方があり、いい感じ。

お腹もふくれ、次は乙女塚温泉(銭湯)へ。
バイクをとめると、チャリで帰ろうとするおっちゃんが「今日は意外と空いてるで…」と話しかけてくれた。「そうですか、ならゆっくり入ります。」と言うと「ああ、ゆっくり入れるで…」、こんなゆるさでのれんをくぐり、お湯につかった。「ああ、ホンマ空いてるわ、こんな昼間に、しかもGWの最中に誰が来るねんな~」と思っていると、ぞろぞろ人が増えだした。しかも、おじいちゃんばかりでなく、いい若いもんも…。私は、お風呂の後半に古本屋で買った「ハゲタカ」という小説を出して、半身浴をしながら読んだ。読んでいたのは15分程度だが、また、いい感じ。

オフにしたかったジム⇒もっこす⇒乙女塚温泉ができて、大満足。さらに乙女塚温泉で60分3千円と安くなったマッサージまでしてもらうとサイコーだろう。これは、またのお楽しみにおいとくことにした。

夕食前に愛犬と散歩した。メスなんだが、足をあげて…こともある。名前を「早奈(サナ)」にするとこのコ(犬)も入れて娘3人の名前の漢字はシンメトリーで語呂もよかったのだけど、当然、反対されてボツ。「クッキー」となったが「クー」とみんな呼んでいる。今日も、こいつが腹に寄りかかりそのまま昼寝をしたが、またまたいい感じ。

オフを感謝。

明日も楽しみな予定がある。

2011年4月29日金曜日

連休初日



ちょっとした付き合いでもあり、ある学会の兵庫県支部の研修会に参加してきた。10時半から5時前までで、脳ミソがクタクタになった。

場所がJR元町近くだったので、ランチはゲンジという洋食屋さんに行った。この辺りに住んでいた同僚が教えてくれたのだが、たくさんある洋食屋の中で、ここにしてくれただけのことはあった。トンテキ定食はとってもおいしかった。隣で食べている海老フライとクリームコロッケの定食も美味しそうで、また、行ってみよう。マスターがびしっとモヒカン刈りできめていて、かっこよかった。

店の近くの元町の高架下はなんとも趣がある、しかし、”カオスの神様”って何の店?占いかな~。


ジムによってストレッチ&スイムですっきりした。


チャレンジ3.ゲンジのランチ チャレンジ4.〇〇学会兵庫県支部研修会参加


明日も楽しみなことがある。

2011年4月23日土曜日

いいことも、わるいことも … チャレンジ50

 私は、非常に守られた生活をしている。悩みとなるようなことはある。でも、誰と比較して…というわけでもないが、たいしたことではないように思える。そんな私が「いいことも、わるこことも…」と言ったところで説得力もないが…。


 今週も学校徘徊が多かった。授業中の子どもらを立って見ていると、とにかく腰がじっとりだるく痛くなる。今年度は「全クラスを見てもらい、子どもについて一緒に相談したい。」と声をかけてくださる先生がいて、4、5月に学校へ行くことにしていた。その1校目に今週行った。全21クラス中、11クラスを1日で回った。放課後、1時間の研修をし、その後、見たクラスの先生方と情報交換をした。前日、いちびって?ジムで泳ぎ、すっきりと思いながら起きると案の定鼻炎が出た。薬を飲んだので、帰宅途中は眠くて眠くて、だった。

 一日つかって子どもを見て、研修をして、というのは初めてで、しかも、神戸市でない西宮市で4月のこのクソ忙しい時期に研修に時間をさかせて、しょうもないことをしたらどうしよう…と思わないわけではなかった。自分にないものをひねり出すことはできない。神さまから教えられたことを伝え、私にできることを精一杯しよう、それをどうしてくださるかは神さまの分だ、と考えた。そして、「ここ(この学校)へ導いてくださったのは、主にあることです。ここで主を教えられ、主を味わえますように。」と祈り学校へ入った。

 結果、よい研修になった。先生方の表情からも手ごたえを感じた。ただ、”いいこと”と目に見える結果ではなく、主にあることを私が感謝し、主を喜び褒め讃えたか、である。私は、”出会う子どもを通し、自分が主を教えられる、その恵みから伝える”ということに平安を持てた。これが一番大事なことと思う。


 昨日は、保護者からの電話相談を受け、迷ったが、担任にその内容を伝える電話をした。すると”ごちゃごちゃ言ってきやがって”と言わんばかりに、電話で話していると一切無言になった。うんともすんとも言わない。こんな先生は初めて…。「じゃあ、(子どもの)言うとおりにすればいいんですか…」と言うので「いえ、この子について必要なことを聴いて頂き、その上でどうするか、お考えください。よろしくお願いします。」と言うのが精一杯だった。

 こんなに思いが伝わらない人も珍しく、新しいパターンだ。こちらは見た目に”わるいこと”であり、なんでこうなるのか、と思える。


 しかし、どちらも主にあること。子どもにかかわっていて自分が果たす役割は限られている、と実感させられる。私が関与できないところで神さまは不思議なことを起こし、展開させられる。私は、その主を待ち望み、主を味わうことを求める。見た目に”いいこと、わるいこと”は関係なくはないが、そこにだけ振り回されるのは、違う。


 今年度は、新しいこと、50こにチャレンジしたい。

 1.ブリの照り焼き(4/17) 2.一日研修(4/21) とできた。淡々と精一杯歩む中で新しいチャレンジを楽しみたい。

2011年4月16日土曜日

ああ、新学期




新学期が始まり、1週間が過ぎた。この土日、先生たちはくたくただろう。休みもほどほどに山と積もった仕事に土日も追われる方が多いだろう。


今週は、1年生の教室にも補佐で入った。緊張が強く、すっと話せないなど固まることがある男の子と手をつなぎ校舎を軽く回ることになった。ぎこちなくつなぐ彼の手を握り歩いた。すごく取り扱い注意、といった感じのくせに慣れるとぞんざいな口をきくことは知っていた。次、彼に会ったとき名札に入れた似顔絵を見せた。知り合いの美術の先生に描いてもらい、そんなウラを知らない子らに「先生、めっちゃ似ている、絵、うまいな~」と言われた絵である。それを見て彼が一言「おっさんくさい」

だから、かわいい。ますますいじりたくなる。1年生の教室に行くのが楽しみだ。


今週のもう一つの仕事は、学校徘徊だ。木金で6校を徘徊した。

その中に、私が椅子を机に叩きつけるところを見せた彼の学校もあった。昨年度から、ゆっくり話し合いをしたい、と言われていたが時間がとれず、今回になった。

担任だけでなく校長先生や養護教諭、特別支援コーディネーターなど6名も入られ話し合いになった。そんな話し合いになると思わず行ったので、内心「これはこれは…」と多少うろたえた。まあまあ、ぼちぼちやりましょう、という私のスタンスに物足りないといった感じの話も出て来たので、そこから、なぜ、ぼちぼちやりましょう、なのか精一杯説明した。それは、彼を通し主に私がどう扱われたか、という部分にかかわることだ。神さまが…とは言えないが、彼を通じて我々がどう教えられ振る舞うべきか、真摯に話した。先生たちとそんな話し合いになると思っておらず、4時半ごろに入ってから学校を出るときは8時を過ぎていた。「彼をよくする、ではなく、彼はよくなる、と信じて我々がすべきことを淡々と精一杯しましょう。パニックや欠席が増え、見た目、悪くなったようでも、すべきこと(担任として他の子らをしっかりみる、学級を、学校を平常通り動かすなど)をしてそこに付き合いましょう。彼は大事です、でも、彼に囚われるのは熱心でも愛情でもないです、間違っています、だから、ぼちぼちやりましょう。」

この学校は学期に一度は来て研修をもってください、と言ってくださった。1学期中にあと2回は行くと約束した。2回も行けば私の底は知れるだろう…、でも、神さまが私をどう取り扱い、子どもを、その家族を、学校で向き合う先生を、どう見るべきか示してくださたことを伝えるチャンスが与えられていることは喜びであり感謝だ。行為ではなく、主にあることを喜びたい。


3枚目の写真は他校に入ったとき、目に入った風景だ。桜の花びらが舞う中、子どもらが遊んでいた。

「ただ、あなたがたの名が天に書きしるされていることを喜びなさい。」と言ってくださった主が、私の新学期を用意してくださっている、と感じる一週間だった。

2011年4月11日月曜日

今日はちょっと早めに家を出て、灘区にある桜のトンネルを見て来た。ほんとうにきれいだな~。 午前中、入った1年生のクラス、これもかわいいわ。

2011年4月10日日曜日

かかわり



新年度がスタートした。学校現場の4月はあわただしい。そんな中、昨日はSIGN写真茶話会に行った。担任業をしていた頃はこの時期の土日に出かけるのことは難しかった。今のポジションはいい…。


昨日は「写真はコミュニケーション、撮影者が被写体(人、風景、土地、等々)にどのようにかかわったか、である。そのかかわりを写真から読むのがおもしろい・意味がある。」と話された。「作品とは、だれかと、この世界とどのようにかかわろうとするか、かかわっているか、というところから生まれる。」とも言われた。そして、SIGN写真茶話会で2009版、2010版とマイ写真集を作った私に次のテーマを提案して頂いた。それは「自分の”かかわり”を描いてみる。」というものだった。


実にタイムリーな提案だった。


出会う方、一人一人と、私がどう”かかわり”をもったか、その”かかわり”が全てのことのベースである、と思う。その”かかわり”はいつもいつも全てが濃厚である必要などない。傍観者のような立ち位置でのかかわりもあれば、逃げ出せない場で向き合うかかわりもあるだろう。どんな”かかわり”であっても、その”かかわり”を大切にすることに、私の生活がある。


4月は、たくさんに人に会う。新しいことにもチャレンジしてみる。不安や気負いのようなものを感じて、いかんな~力みそうだな~と思っていたが、自分が大切にすべきことが示され、肩の力が抜けた。どんな場に向かわされても、私なりの”かかわり”を大切にし考えていこうと思う。


写真は、上が近所の桜がある風景、下は先日帰った実家の近所。どちらも私には大切な風景です。

2011年4月1日金曜日

新年度へ

桜が少しずつ咲き始めている。8日の入学式の頃にちょうどよい咲き具合になるのでは…そう思いながら待ち合わせ場所の正門のそばの桜を見上げた。 昨日はMeekさん宅にお邪魔させて頂いた。お互いの歩みこと、家族のこと、仕事のこと、学校教育のこと、…いろいろ話し合え、また、Meekさんご家族のあたたかいもてなしに、とてもよい時間を頂いた。家族や仕事のことを含め、日々の歩みの中で主を見上げ求める幸いを再確認でき、とてもとても感謝だった。 午前中、カメラのキタムラへSIGN写真茶話会マイ写真集2010版の再印刷を依頼に行った。説明すると、ただで作りなおしてくれるということで、チョー嬉しい。でも、ちょっとしたはずみでバイクのメットインにキーを入れて閉めてしまい…、バイクを押して帰るか、ととぼとぼ歩いたが、その距離に無理、と諦めバイクやで開けてもらった。プロはすごい、どこかをはずして開けてくれた。 Meekさんに会って、ほっこりし、さあ、風呂に入るか、という9時過ぎに買い物を忘れていることに気づいた。朝一に必要なので仕方がない、チャリで30分ほど走って3軒目の店でゲットでき、ホッとした。実は家に一番近い店だった。最初からここにしておけば…、でも、ゲットできたありがたみはない。 ちょっとブルーに思えることもあったが、いいことのいいことさ具合が高かったので、いい一日、と感謝だった。 そうなんだ、感謝でき、上機嫌でいられる、それこそが大事。新年度のポイントである。

2011年3月31日木曜日

手作りフォトボック




昨日、若い人に頼んで一緒に作ってもらったので、今日一人でやっても30分ほどでフォトブックが仕上がった。昨日のズレもなく、きれいに製本でき大満足。父親が主役で「家族」というタイトルにした。80歳のお祝いにフォトブックを、が実現した。「卒業」というタイトルで6年担任に送ったものも職場の方に好評で、ワンショットだけフレームに入れて他の同僚にあげたら「嬉しいです、泣きそうです。」と喜ばれた。昨日今日でむっちゃいい人になったみたい…。作り方は、ネットに画像をアップロードしPDFファイルに変換したものをダウンロードする。それをプリンターで印刷する。この印刷の紙とフォトブックにするキットが、その会社独自のものでポイントである。その会社は学校教材としての売り込みを考えているが、こんなにできるなら一般向けにも販売してくれたらいいのに…。既存の会社の商売をおびやかすようなことは、企業のつきあいではばかられるのかな~。撮った写真でこんなプレゼントが手軽に作れるなら、すごくいいのに…。


そして、ラッキーさんの助言を参考にルミックスFX700を1.4万円で買った。家族用、ということにしているが、私の技術からしてもこれで十二分。2011版は、これで撮るつもりだが、また、いろいろ教えてもらおう。下の写真はFX700で撮った今朝の一枚。


まず、自分が神さまの恵みに感謝し、神さまご自身を喜び、上機嫌でいることはとても大事なことだ。

2011年3月30日水曜日

私の趣味?

フォトブックのキットを頂き、昨日はじめて作ってみた。不器用な私は自信がないので、若い人に頼んで一緒に作ってもらった。それでも30分はかかり、仕上がりもズレがあったので、一人だとできていたか…。フォトブックの内容は、前回の卒業式の写真である。担任を中心に20枚の写真を編集?した。 私の仕事は、学校教育とうまくいかないケースの相談が多く、一見するとしんどそうなところがあるようで、ストレスを溜めないようにどうしているのか、という意味で「趣味は何?」と養護教諭(保健室の先生)の方に聞かれた。いつも、趣味、と聞かれ困るだが、今回は「今度、見せます。」と言ったから、このフォトブックを見せて「趣味です。」と答えた。 本当は、写真が趣味、…そうなのか?と思う。単純に、今、楽しめている、と思っているし、写真を撮ることで私の思いの一面を表出し、そのことがすばらしく自己の安定となっている。でも、趣味、かな~、今回フォトブックをプレゼントしたように、写真を撮ることでどんどん人と新しいコミュニケーションができている。それは、数年前にはなかった私の新しい部分である。 2つ目は、私の父を中心にしたフォトブックを作る。父に渡すのが楽しみである。

2011年3月26日土曜日

卒業式


肌寒い24日、神戸市内のたいていの小学校で卒業式があった。

私が勤務する小学校は学年に一クラスしかない小規模校である。一学年に5クラス以上あるような大規模校は、それはそれでたいへんだが、小規模校も実にたいへんである。私が着任した4年前から荒れ、その荒れを今年度は克服し、運動会、音楽会と学校行事ごとに変わっていく学校をわかりやすく実感できた。この卒業式でも、まさに一年の総まとめらしく、よいものを感じた。写真は最後の最後に子どもから花束をもらう担任である。子どもはもちろん立派、でも、担任も本当によく努力をされた。朝から彼にカメラを向け撮ったが、撮っていていい気持だった。

写真集にするキットを入手しているので20ページの写真集にして週明け彼にプレゼントするつもりだ。おっさんからじゃなきゃ、彼ももっと嬉しいだろけど。

私のSIGN写真茶話会でも写真集2010もできあがった。昨年は表紙を黒、今年度は白にした。ブラック&ホワイトで、私が"学校”という職場でどのように取り扱われ歩んできたか、お伝えするものになった。Y.B.Mさんの導きに感謝したい。

私も”卒業”し、新たな歩みに踏み出したい。

2011年3月21日月曜日

大震災に思う②~この手に包まれて

SIGN写真茶話会で編集されてからタイトルが思いつかず2010SIGN写真茶話会の発注が一月ほど止まっていた。昨日やっとタイトルを「この手に包まれて」としてカメラのキタムラに発注した。

東日本大震災の報道を観ていたら、高台にある自宅からホームビデオで津波が押し寄せる様子を録画しているものがあった。この高台は大丈夫だろう、とビデオを動かしていたようだが、迫ってくる津波に「これは危ない、避難しよう。」と言うと横にいた小学生の息子さんが「宿題はどうするん?」と聞いていた。父親は少し笑いながら「そんなことを言ってる場合じゃない。」と答えていた。

阪神・淡路大震災のとき、私は転職し教員に採用された1年目だった。肢体不自由児の養護学校に勤めており、新学期に書いた書初を教室に広げていた。学校へ向かう車中で「あの書初に物が落ちてらどうしよう。先輩に『お前が片付けてないからじゃ。』と言われるな~。」と考えていた。学校へ着くと屋上の貯水タンクが割れ各フロアー水浸しになっていた。書初を広げていた教室は2㎝ほど水がたまり、書初はスーと流れるように浮いていた。勿論、そんな書初どころの話ではなく対応にすぐ追われた。気にした先輩は自宅が半壊でその日は出勤もできなかった。

あのときも、自分の日常って何だ?!と思った。

宿題を気にする小学生、書初を気にする新米教師、…普通の日常なら当たり前にちょっと気にする事柄でも、本当は実にどうでもよいことがたくさんある。

しかし、同じ日常の事柄でも、やっぱりどうでもよくないものがある。平板な日常から、確かなものを教えられる必要がある。2010年に撮った写真には、私の仕事の日常がある。愛着と自立の間で、学校という社会に戸惑いながらやりくりしている子どもらを、私の教室に迎え営んだ日常である。学校で普通に学級担任として子どもに向かってはできなかったことをここでさせてもらっている。私なりに自分のこの両手で包むように扱った”時間”である。子どもを写しているが、自分の姿が写っており、そして、そんな私を子どもを、そっくり包む神さまの御手を感じている。
私は、神さまの御手に包まれている、と思えているから、流れ捨て去られそうな子どものある部分を自分の手ですくい上げ包みたい、と思っている。こういう気持ちで仕事に向かえることが、私に与えられている神さまからの報いと思える。

「あなたの真実は力強い。主こそ、私の受ける分です。」(哀歌3:24)

東日本大震災に現場で向かう方々を支えてください。被害の中にある方々に答えがありますように。そして、具体的な救援が進みますように。
報道からはリビアの問題も伝えられている。便利さや虚実を自慢することが主流の”日常”が正されますように。まず、自分自身を問い質さなければ。

2011年3月19日土曜日

大震災に思う①

「ガッチャーン。」
台所の方からガラスのわれたような音がしました。電気も消え、真っ暗な中で、子ども用の服を入れている軽いタンスが倒れているのが見え、そこでねているのはお姉ちゃんだと気づきました。すると、お父さんがタンスを上げ、お姉ちゃんが出て来たので、ほっとしました。それから、学校の運動場にひなんしました。
「おばあちゃんの家を見に行こうか。」
と、お父さんが言い、二人で走り出しました。板宿を過ぎてから、もう走れなくなりました。屋根かわらが落ちていたり、たおれてきそうな家もたくさんありました。おばあちゃんと、お母さんのお姉さんと二人くらしだったので、余計に心配になりました。けむりくさいにおいもだんだん強くなってきました。もうすぐで、おばあちゃんの家という所で、ぺっちゃんこの家がありました。そこのおばあさんが泣きながら、
「むすめを助けてください。お願いします。」
とさけんでいました。私は、助けようとは思わず、そのまま通り過ぎようと思っていました。すると、お父さんが、
「これ持っといて。」
と、一言言ってから、私にジャンパーを投げて、ぺっちゃんこになった山みたいな家に上がっていきました。私は、ふさがった道の真ん中でつっ立っていました。
「おばあちゃんたち死んでたらどうしよう。死なないでよ。お願い。」
と思いながらも、どこかで、
「知らない人なんか助けなくてもいいのに。おばあちゃんたちを先に助けてよ。」
と思っていました。すると、なみだが急にぽろぽろと出てきました。いつもだったらすぐになみだをふくのに、人にもじろじろ見られているのに、全然気にしていませんでした。
「見つかったぞ。」
と言う知らないおじさんの声で、なぜかうれしくなりました。お父さんが出てきて、うれしくてほっとさいました。

東日本の大震災は、ありえない規模の被害となっている。
原発の問題はいまだ解決の様子はない。
被災し避難されている方々、救援活動をされている方々、原発の現場作業にあたっている方々、…極限の中にいる方をどうか守ってほしい。

地震と津波は天災であるが、人災と思われるものが多い。私たちは弱さやエゴをもつ者で、このような惨事では、その弱さやエゴがあらわにされる。冒頭の作文は阪神淡路大震災のとき5年生の子が書いた作文だ。「知らない人なんか助けなくてもいいのに。」と思う自分を知りぽろぽろ涙を流し、でも大切なことに心打たれた経験が書かれていた。助けに行ったおばあちゃんは助かったが、その家は火災で全焼した。しかし、作文には「すっかり焼けてしまったおばあちゃんの家、思い出だけは焼けませんでした。私は大人になっても忘れないと思います。」と書かれていた。自分の弱さやエゴを見せつけられても、そこから立ち上がる力が与えられると信じている。

この国の政治や経済・産業や、人の価値観を問い質し、国が変わる、変わらざるをえない”とき”となるだろうか。この震災でも暴動や略奪が起きない国、世界にない国民性がありながら、諸外国に容易く翻弄される国、…どうか今極限にある人を救ってほしい。

2011年3月12日土曜日

地震

昨日、教室に来られた保護者の方から知らされた。

ぞっとする。

管首相、しっかりとしたかじ取りしてください。

2011年3月6日日曜日

マイペース


昨日今日はゆっくり過ごした。家で仕事の文章をいくつかまとめ、ジムに行って汗を流しストレッチをし、…こういうマイペースな時間を過ごさないととても疲れる。

花粉情報ではすでに兵庫県南部も「非常に多い」となっている。ところが幸いなことに私の症状はまだマシである。2月末からひどいときは5月の連休明けまで症状が続く。この間は鼻呼吸していたのを忘れるほどであり、食事も味がしないどころではなく、食べていると呼吸ができないので、途中でふ~と呼吸を入れなくてはいけない。そこへくしゃみや鼻水が…と仕方ないと思いつつも情けない期間になる。

ところが幸いなことに「非常に多い」日になっても症状がマシで鼻呼吸ができている。薬も飲んだが効き目なし、5年ほど前レーサー治療をしてもダメ、レーザー治療では1回目全く効かないので医者に相談するとただで2回目をしてくれた。でも、ダメ。そんな何をしてもダメだった私なのに…。昨年もほとんど症状がなく、それは花粉が少ないからか、と思ったが、多いといわれる今年で症状が出なかったら、これは…と期待している。

何が体質改善?になったのか…変えた事で思いつくのは、仕事(通常学級の担任から通級担当へ)と、ビフィズス菌や乳酸菌をとり、ウ〇コを1日に何度もすること(すみません)、の2つである。仕事はともかく、ビフィズス菌(乳酸菌)などの整腸、これは効いたのかもしれない。

写真は今朝犬の散歩中「梅にウグイス」と定番の春の1シーンを見かけ撮った。近所には梅林公園もあり、梅にウグイスは毎年見る。鼻呼吸でこの1枚を撮れることは嬉しい。

花粉症がマイペース、ではなく、変わったマイペース、が嬉しい、感謝。

2011年3月5日土曜日

節目の季節


先週の土曜から2泊3日で韓国・ソウルに行ってきた。家族旅行は3年ぶりだ。長女は高校で行くはずだったニュージーランドが新型インフルで中止になり、次女は未経験のことにびびりやすいので経験のために、どこでもいいから海外に行こう、ということで安いソウルになった。おそらくこの先は、しばらく家族旅行もないだろう。娘らは自分らの旅行をするようになる。

学生のとき、以前の教会の方に案内して頂き韓国に行った。当時は、統一教会が話題になっていたので「関係ありません。」と説明したり、教科書問題で反日感情が強く「大丈夫か。」と言われたり、といった時代だった。今は、韓流ブームで様変わりである。

我が家は、ヨン様には関心ないが、東方神起やKARAなどK-POPに興味を持ち出し、ガイドブックにあった”コスメクルーズ”といった化粧品を楽しみに母娘は出発した。帰ってからよく韓国に行く同僚に聞くと「韓国は家族より女同士で行くと楽しい…。」と言う人があり、「なるほどなあ。」と思った。

20年近く前に行ったとき、板門店ツアーとタブコル(パゴダ)公園に行かせてもらった。その強烈な印象は忘れられない。ガイドブックを調べてもタブコル公園のことはわからず、帰国するため空港に向かうバスでガイドの方に「パコダ公園ってありますか?」と聞いてみた。聞く前に国旗がたくさん掲揚されており「何かあるんですか?」と別の方が聞かれ、ガイドの方は「明日、3月1日は韓国の祝日です。韓国には恥ずかしい歴史があり、日本の植民地になった時期があります。その時期に独立運動があった3月1日を祝日にしています。」と説明してくれた。若い者はうちの娘らぐらいで、みんなその後は黙っていた。私は、その3.1運動の聖地となっているタブコル公園と自分の記憶の”パコダ公園”がつながっておらず、ずっと気になっていた質問を最後にしてみたつもりだった。

「どうして知ってますか?」とガイドの方は驚かれた。「学生のとき、韓国の知人に連れて行っていただいた。調べてもわからなかったので…」と言うと、場所など教えてくれた。「観光客は行かない。お年寄りがたくさん行っている。施しを求める人もいる。」と言ったことも話してくれた。帰国してネットで調べるとパコダではなくパゴダであり、さらにタブコル公園が正式のようだ。宗教上のこともあるようだ。

今週と来週で、通級での指導は終わる。今年度、担当する子どもと家族に会うのは最後になる。6年生には卒業お祝いをし、他の子らには、また4月になったらね、と声をかける。それぞれに”節目の季節”である。私も同じだ。4年間やってきたことで教えられたことから来年度は少しやり方を変えていこうと思っている。その意味もあり3月後半は学校徘徊と資料整備が続く。

私が何をしたか、何をみたか、…何をさせて頂いたか、何を見させて頂いたか、静まって考えたい。

南大門市場の路地を入ったところにあるサンゲタンのお店で食べたタットリタンという鶏肉の料理。抜群においしかった。私もまた旅行を楽しみたい。

2011年2月26日土曜日

苦笑い

紫のもやを描いたら自分でも気持ち悪くなって伏せてしまった。自分でも苦笑い、なにをしてるんだか。まあ、こうやって自分なりに吐き出していたらすっきりする。

2010年度を振り返り、次へ向かいたい。教職に就いて同じ自分が同じことをしている、という感じが全くない。いつも新しいことを教えられ歩ませて頂いている。
本当に感謝。

2011年2月25日金曜日

2月も終わり…

今週は大人の話し合いが多く、げんなり疲れてしまった。今日はそんな会議もなく、子どもと過ごした。

椅子をたたき壊した子どもではなく”私”に彼も会いに来た。今日はポケモンのエンブオーをプラバンで作って満足気ににんまりとしていた。SIGN製賢者の積み木にチャレンジする子、けったいなビリヤードを楽しむ子、ボールプールから出ている不自然な手、そして、「だから私は学校に行かない。」と言った女の子はとてもいい笑顔で来た。今日は「絵を描く。」というので五味太郎さんの落書き絵本を渡した。私も横で絵を書いたが、例のごとくどんどん…(また、公開します)。私の絵を見て苦笑いの彼女でした。
もうすぐ3月になる。
今年度は何ができたか、何を考えさせ感じさせられたか、そして、自分で判断し行動させられたか。
恵みを数えよう。

2011年2月23日水曜日

こうなると

カエルがこうもしつこくいると…。

今月上旬に会った子は「だから学校に行かない。」と小1時間かけて話した。その子が今週から登校できていると担任から連絡が入った。電話で聞くと本人なりに向き合って乗り越えての登校のようだ。よく頑張った。

上旬に会って、その内容を担任に伝えた。その後、今日まで私は何もしていない。
でも、私が何もしなくても物事はこうして進んでいく。私は待つことが大切な仕事だ。

こんなカエルのくどさはいやだけど、直接あっていなくても頭のすみにくどくいる存在でおれれば。
担任が電話してきてくれたことは嬉しかった、感謝。今週、金曜日には本人にも会う。さて、どんなことがあるか、楽しみだ。

2011年2月20日日曜日

休日のランチ


今日は三ノ宮に用事があり、出かけた。

ビルの屋上に神社?がつくられており、見ると他のビルにもあった。用事のついでにジュンク堂で「共依存~からめとられる愛」という本をベンチで座り読みした。買わなくてよかった。もう一つついでにランチを食べることにした。昨夏、店を探してやっと着くと「3ヶ月ほど旅行に行き、勉強してきます。」と張り紙があり、ますます興味を持った店だ。ボロビルの3階の扉をあけるとお客さんでいっぱいだった。気を利かせてくれた店員さんがはしっこの落ち着く席に案内してくれ、ゆっくりランチができた。キッシュという料理はおいしく、食べてしまって撮ったらよかったと思った。撮れそうな店の隅を一枚撮った。

たまにはぶらっといいもんだ。西は垂水から、須磨、板宿、長田、新開地、神戸、元町、三ノ宮、そして、灘から東は芦屋近くまで、デスカバー神戸はちょっと楽しい。

休日が楽しいと、仕事も楽しい。