2011年6月4日土曜日
自分で決める
2011年6月2日木曜日
長年の思い込み
ところで、
この人は誰でしょう。お分かりになる人は、美術関係に詳しい?方なのでしょうか。
2011年6月1日水曜日
ぼつぼつ
2011年5月29日日曜日
違う刺激を
しかし、ときにはこういう刺激を体に与えないといけないな~と思う。体を動かすことは嫌いではなく、ジムで走ったり泳いだりはしている。同じメニューをこなすと体はいい感じだが、同じことをしていては気かないことがある。思うように体は動かない、が、楽しかった。チャレンジ6:バレーボールにしよう。チャンレンジ50プランは、ちょっとスロー過ぎて50にとどくか、いやいや、これからだ。
2011年5月21日土曜日
ビックリ箱
そんなことはさておいて、今週も「砂で遊ぶ」と、これが気に入った彼女に付き合い箱庭コーナーですごした。露出を-1にするとすだれごしに入る西日(2時過ぎだが)がいい感じになる。記録、と思ったので標準にもどしたが、これなら次回は露出-1でいろいろ撮ってみよう。今回も私が撮ったものを印刷し、彼女と一緒に見てお話しした。フォトブックキットも注文したので、彼女の箱庭物語が最初の1冊目になるか…。
こんなふうにかかわりが始まる子もいれば、いろいろだ。
新年度から30名弱のケース(子どもと、その家族、及び先生)を担当している。その中に、今までになかったようなトラブルが起きたケースが1つある。担任と、親も私もぶつかって敵対関係のようになった。ついに母親が泣いて訴え、担任がその姿に引いた状態だ。その後、校内でいろいろ話し合いもあったようで、しかし、本当に担任が理解しているわけではない。私も、学校からいろいろご批判を受けた。「ふざけるな、だぼ!」が正直な気持ちで、私にも言い分(結構、当たり前のことと思っている、当然ながら)はある。しかし、言うのは勿論やめている。今週、母親に「私の甘さで、ミスです。申し訳なかったです。」と謝った。今後こんなことがないように保護者と一緒に申し送り資料を作る話をした。
このケースの失敗?が心にあり、良好にスタートしているケースの話も、嬉しいのだけど単純に喜べない。それでいいのだろう、このケースがないと、私はただのバカになっているだろう。
ある子は何を描いたか見せようとしないので、ちょっと気になり、漫画を読んでいるすきにこっそり見た(いつもはこんなことしません^^)。すると「ありがとう」と一言書いているではないか。
この子の気持ちの状態を感じ、すごく嬉しかった。すぐ別の子とするときに私はパクらせてもらった。開けて開けて最後が「ありがとう」っていいじゃないですか。
そうなんだ、最後は「ありがとう」が本当なんだ、一つ一つを感謝したい。
2011年5月14日土曜日
何を大事としているか
ぎっちり詰まった一週間が終わり、天気のよい土曜日になった。目の前のことに振り回されたり追い立てたりせず、何を大事とするか、しっかり考えたい。つつかれるとすぐ感情で反応してしまう弱さを感じる。感情によるものや、動機を考えない言動は行き詰るし、よいものに向かわない。
いのちが育つ、ということは人手を超えたものによる。人手を尽くせば尽くすほど、そのことを教えられるように思う。
過敏さとこだわりから教室におれない子と人形で遊んだ。彼女が並べる人形を「お話しているの?」「ごはんを食べているの?」と声をかけ、ただその世界を私が味わっていく。その30分が彼女のこころを整え、教室での刺激を受け止められるようになってくれればと思う。私は整体が好きだが、いい先生はゆっくり休ませて体を弛めさせてくれるとともに自分では気づかない自分の体のことを伝えてくれる。そして、整体の場を出てから日常の中で自分の体をどうしていけばよいか気付かせてくれる。彼女も私のところで休まるとともに「こうやれば、私は大丈夫」と思えるようになる気づきを自分で得て欲しい。他者の人手ではなく自分が得て行くものでなければやっぱりだめだ。そういった気付きや生き方を本人が得て行くのを見守ることを、私が求めなければいけない。
どんな中学校生活を送れるか、ずっと話し合ってきた。中学になり担当はかわったが、話を聞くと予想以上にがんばって学校生活を送っているようだ。「がんばっているな~」と声をかけ、いつものアホな雰囲気の抱擁をした。制服姿を撮らせてもらった。小4の頃はカメラを向けると怒って絶対撮らせなかったが、「撮っていい?」と聞くと「ええで。」としっかりカメラを向いてくれた。この先の彼の成長も簡単とは思えない。しかし、成長させてくださる方に期待しよう。
種を地面に植えるか鉢に植えるか、子どもが学校という枠で育つか、それ以外の枠で育つか、いずれにしても枠にあわせることではなく育つことを見守らなければ…。週末は、静まって考えたい。
2011年5月10日火曜日
どう見るか
私のところへ来た小4の女の子が上の掲示物を見て「避難訓練なのに、この子はあくびしている、だめじゃな~い。」と言った。いやいや、これはハンカチで口を押さえているんだよ、と横にいたお母さんは説明するけれど「あくび、あくび」と笑っていた。
あくびをしている、は面白いけど、教室で避難訓練の話をしているときに「あくび、あくび」と笑われると先生はちょっと困るだろうな、と思った。本人にちゃかしてやろう、なんて悪気は全くないので余計に…。
先日、研修を受けていると、ある大学の先生が「脳で見る」という話をされた。見たものをどう理解するか、は脳の働きであり…と説明された。当たり前と言えば当たり前だが、見たものをどう意味理解するかはいろいろ考えさせられるところである。
2011年5月7日土曜日
かかわり…具体的で個別的な特殊性
私は「具体的で個別的な特殊性」をしっかり求め追う、つまり、一つ一つのケースに向き合い、生々しいかかわりを築くことが第一とされることである。その私の「具体的で個別的な特殊性」にこそ、他の人の参考になる普遍性が生まれてくるのだろう。他の人の役に立ちそうなことを考え出して話を作っては、チョー胡散臭いものにしかならない。うまく話せば話すほど臭い。
2011年5月5日木曜日
田植え
田舎に帰り、田植えをちょっと手伝った。本当に今までロクにかかわらなかったのだが、ここ数年、山間にある田んぼの風景など、残したいな、と思うようになった。しかし、生易しいことではなく、山も田んぼも生計としてかかわるくらいの労を払わないと維持できない。ちょっと帰って手伝うようなことでは全くお話ならない。40年前の子どもの頃と変わらない風景もあれば、耕されず手入れされず崩れ荒れるままの元田んぼや山林がある。
この国が向かうところは深刻だ。
一般民は善良で誠実で、権力を持つ政治家や官僚や財界人や学者やメディアや…が悪い、といったことだけではないだろう。私の田舎に大きな工場ができ雇用が増え所得が上がるなら喜んで誘致した、するだろう。こうなってしまったのは”〇〇のせい”だけでなく、みんな、それぞれ責任をとらなければならないことがある。それはそれとして、一つでも多く悪が正され、悲惨な状況に置かれている方を救ってほしい。
やはり、個々人が何に向かっているか、その一点だけが大切と思う。
2011年5月3日火曜日
まいった、まいった
2011年4月30日土曜日
オフ
午前中にジムへ行き、軽く走って軽く筋トレしてストレッチ、いつもはジムのサウナ&風呂だけど、それをせずジムを出て、もっこすのラーメンを食べに行く。もっこすは神戸にあるラーメン屋でチェーン店にもなっており、別に今さら特別紹介するような店ではない。しかし、私個人はムショウに食べたくなることがあり、ちょいちょい行く好きなラーメン屋だ。ラーメン+白ご飯+ギョーザの800円セットを食べてると、じつに寛げる。ご自由に、とある黄色のたくあんも大好きだ。今日も、のんびり食べていると、隣のおっちゃんが、これも”ご自由に”のとうがらしまみれのニラを山ほど入れ、追加のネギをぶっこみ、おいしそうに食べていた。カウンターの向かいに座ったおっちゃんはたくあんをギョーザのタレ用の小皿に入れきれいに入れ、ラーメンが来るのを待っていた。それぞれの味わい方があり、いい感じ。
お腹もふくれ、次は乙女塚温泉(銭湯)へ。
バイクをとめると、チャリで帰ろうとするおっちゃんが「今日は意外と空いてるで…」と話しかけてくれた。「そうですか、ならゆっくり入ります。」と言うと「ああ、ゆっくり入れるで…」、こんなゆるさでのれんをくぐり、お湯につかった。「ああ、ホンマ空いてるわ、こんな昼間に、しかもGWの最中に誰が来るねんな~」と思っていると、ぞろぞろ人が増えだした。しかも、おじいちゃんばかりでなく、いい若いもんも…。私は、お風呂の後半に古本屋で買った「ハゲタカ」という小説を出して、半身浴をしながら読んだ。読んでいたのは15分程度だが、また、いい感じ。
オフにしたかったジム⇒もっこす⇒乙女塚温泉ができて、大満足。さらに乙女塚温泉で60分3千円と安くなったマッサージまでしてもらうとサイコーだろう。これは、またのお楽しみにおいとくことにした。
夕食前に愛犬と散歩した。メスなんだが、足をあげて…こともある。名前を「早奈(サナ)」にするとこのコ(犬)も入れて娘3人の名前の漢字はシンメトリーで語呂もよかったのだけど、当然、反対されてボツ。「クッキー」となったが「クー」とみんな呼んでいる。今日も、こいつが腹に寄りかかりそのまま昼寝をしたが、またまたいい感じ。
オフを感謝。
明日も楽しみな予定がある。
2011年4月29日金曜日
連休初日
2011年4月23日土曜日
いいことも、わるいことも … チャレンジ50
2011年4月16日土曜日
ああ、新学期
2011年4月11日月曜日
2011年4月10日日曜日
かかわり
新年度がスタートした。学校現場の4月はあわただしい。そんな中、昨日はSIGN写真茶話会に行った。担任業をしていた頃はこの時期の土日に出かけるのことは難しかった。今のポジションはいい…。
昨日は「写真はコミュニケーション、撮影者が被写体(人、風景、土地、等々)にどのようにかかわったか、である。そのかかわりを写真から読むのがおもしろい・意味がある。」と話された。「作品とは、だれかと、この世界とどのようにかかわろうとするか、かかわっているか、というところから生まれる。」とも言われた。そして、SIGN写真茶話会で2009版、2010版とマイ写真集を作った私に次のテーマを提案して頂いた。それは「自分の”かかわり”を描いてみる。」というものだった。
実にタイムリーな提案だった。
出会う方、一人一人と、私がどう”かかわり”をもったか、その”かかわり”が全てのことのベースである、と思う。その”かかわり”はいつもいつも全てが濃厚である必要などない。傍観者のような立ち位置でのかかわりもあれば、逃げ出せない場で向き合うかかわりもあるだろう。どんな”かかわり”であっても、その”かかわり”を大切にすることに、私の生活がある。
4月は、たくさんに人に会う。新しいことにもチャレンジしてみる。不安や気負いのようなものを感じて、いかんな~力みそうだな~と思っていたが、自分が大切にすべきことが示され、肩の力が抜けた。どんな場に向かわされても、私なりの”かかわり”を大切にし考えていこうと思う。
写真は、上が近所の桜がある風景、下は先日帰った実家の近所。どちらも私には大切な風景です。
2011年4月1日金曜日
新年度へ
2011年3月31日木曜日
手作りフォトボック
昨日、若い人に頼んで一緒に作ってもらったので、今日一人でやっても30分ほどでフォトブックが仕上がった。昨日のズレもなく、きれいに製本でき大満足。父親が主役で「家族」というタイトルにした。80歳のお祝いにフォトブックを、が実現した。「卒業」というタイトルで6年担任に送ったものも職場の方に好評で、ワンショットだけフレームに入れて他の同僚にあげたら「嬉しいです、泣きそうです。」と喜ばれた。昨日今日でむっちゃいい人になったみたい…。作り方は、ネットに画像をアップロードしPDFファイルに変換したものをダウンロードする。それをプリンターで印刷する。この印刷の紙とフォトブックにするキットが、その会社独自のものでポイントである。その会社は学校教材としての売り込みを考えているが、こんなにできるなら一般向けにも販売してくれたらいいのに…。既存の会社の商売をおびやかすようなことは、企業のつきあいではばかられるのかな~。撮った写真でこんなプレゼントが手軽に作れるなら、すごくいいのに…。
そして、ラッキーさんの助言を参考にルミックスFX700を1.4万円で買った。家族用、ということにしているが、私の技術からしてもこれで十二分。2011版は、これで撮るつもりだが、また、いろいろ教えてもらおう。下の写真はFX700で撮った今朝の一枚。
まず、自分が神さまの恵みに感謝し、神さまご自身を喜び、上機嫌でいることはとても大事なことだ。
2011年3月30日水曜日
私の趣味?
2011年3月26日土曜日
卒業式
肌寒い24日、神戸市内のたいていの小学校で卒業式があった。
私が勤務する小学校は学年に一クラスしかない小規模校である。一学年に5クラス以上あるような大規模校は、それはそれでたいへんだが、小規模校も実にたいへんである。私が着任した4年前から荒れ、その荒れを今年度は克服し、運動会、音楽会と学校行事ごとに変わっていく学校をわかりやすく実感できた。この卒業式でも、まさに一年の総まとめらしく、よいものを感じた。写真は最後の最後に子どもから花束をもらう担任である。子どもはもちろん立派、でも、担任も本当によく努力をされた。朝から彼にカメラを向け撮ったが、撮っていていい気持だった。
写真集にするキットを入手しているので20ページの写真集にして週明け彼にプレゼントするつもりだ。おっさんからじゃなきゃ、彼ももっと嬉しいだろけど。
私のSIGN写真茶話会でも写真集2010もできあがった。昨年は表紙を黒、今年度は白にした。ブラック&ホワイトで、私が"学校”という職場でどのように取り扱われ歩んできたか、お伝えするものになった。Y.B.Mさんの導きに感謝したい。
私も”卒業”し、新たな歩みに踏み出したい。
2011年3月21日月曜日
大震災に思う②~この手に包まれて
東日本大震災の報道を観ていたら、高台にある自宅からホームビデオで津波が押し寄せる様子を録画しているものがあった。この高台は大丈夫だろう、とビデオを動かしていたようだが、迫ってくる津波に「これは危ない、避難しよう。」と言うと横にいた小学生の息子さんが「宿題はどうするん?」と聞いていた。父親は少し笑いながら「そんなことを言ってる場合じゃない。」と答えていた。
阪神・淡路大震災のとき、私は転職し教員に採用された1年目だった。肢体不自由児の養護学校に勤めており、新学期に書いた書初を教室に広げていた。学校へ向かう車中で「あの書初に物が落ちてらどうしよう。先輩に『お前が片付けてないからじゃ。』と言われるな~。」と考えていた。学校へ着くと屋上の貯水タンクが割れ各フロアー水浸しになっていた。書初を広げていた教室は2㎝ほど水がたまり、書初はスーと流れるように浮いていた。勿論、そんな書初どころの話ではなく対応にすぐ追われた。気にした先輩は自宅が半壊でその日は出勤もできなかった。
あのときも、自分の日常って何だ?!と思った。
宿題を気にする小学生、書初を気にする新米教師、…普通の日常なら当たり前にちょっと気にする事柄でも、本当は実にどうでもよいことがたくさんある。
しかし、同じ日常の事柄でも、やっぱりどうでもよくないものがある。平板な日常から、確かなものを教えられる必要がある。2010年に撮った写真には、私の仕事の日常がある。愛着と自立の間で、学校という社会に戸惑いながらやりくりしている子どもらを、私の教室に迎え営んだ日常である。学校で普通に学級担任として子どもに向かってはできなかったことをここでさせてもらっている。私なりに自分のこの両手で包むように扱った”時間”である。子どもを写しているが、自分の姿が写っており、そして、そんな私を子どもを、そっくり包む神さまの御手を感じている。
私は、神さまの御手に包まれている、と思えているから、流れ捨て去られそうな子どものある部分を自分の手ですくい上げ包みたい、と思っている。こういう気持ちで仕事に向かえることが、私に与えられている神さまからの報いと思える。
「あなたの真実は力強い。主こそ、私の受ける分です。」(哀歌3:24)
東日本大震災に現場で向かう方々を支えてください。被害の中にある方々に答えがありますように。そして、具体的な救援が進みますように。
報道からはリビアの問題も伝えられている。便利さや虚実を自慢することが主流の”日常”が正されますように。まず、自分自身を問い質さなければ。
2011年3月19日土曜日
大震災に思う①
台所の方からガラスのわれたような音がしました。電気も消え、真っ暗な中で、子ども用の服を入れている軽いタンスが倒れているのが見え、そこでねているのはお姉ちゃんだと気づきました。すると、お父さんがタンスを上げ、お姉ちゃんが出て来たので、ほっとしました。それから、学校の運動場にひなんしました。
「おばあちゃんの家を見に行こうか。」
と、お父さんが言い、二人で走り出しました。板宿を過ぎてから、もう走れなくなりました。屋根かわらが落ちていたり、たおれてきそうな家もたくさんありました。おばあちゃんと、お母さんのお姉さんと二人くらしだったので、余計に心配になりました。けむりくさいにおいもだんだん強くなってきました。もうすぐで、おばあちゃんの家という所で、ぺっちゃんこの家がありました。そこのおばあさんが泣きながら、
「むすめを助けてください。お願いします。」
とさけんでいました。私は、助けようとは思わず、そのまま通り過ぎようと思っていました。すると、お父さんが、
「これ持っといて。」
と、一言言ってから、私にジャンパーを投げて、ぺっちゃんこになった山みたいな家に上がっていきました。私は、ふさがった道の真ん中でつっ立っていました。
「おばあちゃんたち死んでたらどうしよう。死なないでよ。お願い。」
と思いながらも、どこかで、
「知らない人なんか助けなくてもいいのに。おばあちゃんたちを先に助けてよ。」
と思っていました。すると、なみだが急にぽろぽろと出てきました。いつもだったらすぐになみだをふくのに、人にもじろじろ見られているのに、全然気にしていませんでした。
「見つかったぞ。」
と言う知らないおじさんの声で、なぜかうれしくなりました。お父さんが出てきて、うれしくてほっとさいました。
東日本の大震災は、ありえない規模の被害となっている。
原発の問題はいまだ解決の様子はない。
被災し避難されている方々、救援活動をされている方々、原発の現場作業にあたっている方々、…極限の中にいる方をどうか守ってほしい。
地震と津波は天災であるが、人災と思われるものが多い。私たちは弱さやエゴをもつ者で、このような惨事では、その弱さやエゴがあらわにされる。冒頭の作文は阪神淡路大震災のとき5年生の子が書いた作文だ。「知らない人なんか助けなくてもいいのに。」と思う自分を知りぽろぽろ涙を流し、でも大切なことに心打たれた経験が書かれていた。助けに行ったおばあちゃんは助かったが、その家は火災で全焼した。しかし、作文には「すっかり焼けてしまったおばあちゃんの家、思い出だけは焼けませんでした。私は大人になっても忘れないと思います。」と書かれていた。自分の弱さやエゴを見せつけられても、そこから立ち上がる力が与えられると信じている。
この国の政治や経済・産業や、人の価値観を問い質し、国が変わる、変わらざるをえない”とき”となるだろうか。この震災でも暴動や略奪が起きない国、世界にない国民性がありながら、諸外国に容易く翻弄される国、…どうか今極限にある人を救ってほしい。
2011年3月6日日曜日
マイペース
昨日今日はゆっくり過ごした。家で仕事の文章をいくつかまとめ、ジムに行って汗を流しストレッチをし、…こういうマイペースな時間を過ごさないととても疲れる。
花粉情報ではすでに兵庫県南部も「非常に多い」となっている。ところが幸いなことに私の症状はまだマシである。2月末からひどいときは5月の連休明けまで症状が続く。この間は鼻呼吸していたのを忘れるほどであり、食事も味がしないどころではなく、食べていると呼吸ができないので、途中でふ~と呼吸を入れなくてはいけない。そこへくしゃみや鼻水が…と仕方ないと思いつつも情けない期間になる。
ところが幸いなことに「非常に多い」日になっても症状がマシで鼻呼吸ができている。薬も飲んだが効き目なし、5年ほど前レーサー治療をしてもダメ、レーザー治療では1回目全く効かないので医者に相談するとただで2回目をしてくれた。でも、ダメ。そんな何をしてもダメだった私なのに…。昨年もほとんど症状がなく、それは花粉が少ないからか、と思ったが、多いといわれる今年で症状が出なかったら、これは…と期待している。
何が体質改善?になったのか…変えた事で思いつくのは、仕事(通常学級の担任から通級担当へ)と、ビフィズス菌や乳酸菌をとり、ウ〇コを1日に何度もすること(すみません)、の2つである。仕事はともかく、ビフィズス菌(乳酸菌)などの整腸、これは効いたのかもしれない。
写真は今朝犬の散歩中「梅にウグイス」と定番の春の1シーンを見かけ撮った。近所には梅林公園もあり、梅にウグイスは毎年見る。鼻呼吸でこの1枚を撮れることは嬉しい。
花粉症がマイペース、ではなく、変わったマイペース、が嬉しい、感謝。
2011年3月5日土曜日
節目の季節
先週の土曜から2泊3日で韓国・ソウルに行ってきた。家族旅行は3年ぶりだ。長女は高校で行くはずだったニュージーランドが新型インフルで中止になり、次女は未経験のことにびびりやすいので経験のために、どこでもいいから海外に行こう、ということで安いソウルになった。おそらくこの先は、しばらく家族旅行もないだろう。娘らは自分らの旅行をするようになる。
学生のとき、以前の教会の方に案内して頂き韓国に行った。当時は、統一教会が話題になっていたので「関係ありません。」と説明したり、教科書問題で反日感情が強く「大丈夫か。」と言われたり、といった時代だった。今は、韓流ブームで様変わりである。
我が家は、ヨン様には関心ないが、東方神起やKARAなどK-POPに興味を持ち出し、ガイドブックにあった”コスメクルーズ”といった化粧品を楽しみに母娘は出発した。帰ってからよく韓国に行く同僚に聞くと「韓国は家族より女同士で行くと楽しい…。」と言う人があり、「なるほどなあ。」と思った。
20年近く前に行ったとき、板門店ツアーとタブコル(パゴダ)公園に行かせてもらった。その強烈な印象は忘れられない。ガイドブックを調べてもタブコル公園のことはわからず、帰国するため空港に向かうバスでガイドの方に「パコダ公園ってありますか?」と聞いてみた。聞く前に国旗がたくさん掲揚されており「何かあるんですか?」と別の方が聞かれ、ガイドの方は「明日、3月1日は韓国の祝日です。韓国には恥ずかしい歴史があり、日本の植民地になった時期があります。その時期に独立運動があった3月1日を祝日にしています。」と説明してくれた。若い者はうちの娘らぐらいで、みんなその後は黙っていた。私は、その3.1運動の聖地となっているタブコル公園と自分の記憶の”パコダ公園”がつながっておらず、ずっと気になっていた質問を最後にしてみたつもりだった。
「どうして知ってますか?」とガイドの方は驚かれた。「学生のとき、韓国の知人に連れて行っていただいた。調べてもわからなかったので…」と言うと、場所など教えてくれた。「観光客は行かない。お年寄りがたくさん行っている。施しを求める人もいる。」と言ったことも話してくれた。帰国してネットで調べるとパコダではなくパゴダであり、さらにタブコル公園が正式のようだ。宗教上のこともあるようだ。
今週と来週で、通級での指導は終わる。今年度、担当する子どもと家族に会うのは最後になる。6年生には卒業お祝いをし、他の子らには、また4月になったらね、と声をかける。それぞれに”節目の季節”である。私も同じだ。4年間やってきたことで教えられたことから来年度は少しやり方を変えていこうと思っている。その意味もあり3月後半は学校徘徊と資料整備が続く。
私が何をしたか、何をみたか、…何をさせて頂いたか、何を見させて頂いたか、静まって考えたい。
2011年2月26日土曜日
2011年2月25日金曜日
2月も終わり…
2011年2月23日水曜日
こうなると
2011年2月20日日曜日
休日のランチ
今日は三ノ宮に用事があり、出かけた。
ビルの屋上に神社?がつくられており、見ると他のビルにもあった。用事のついでにジュンク堂で「共依存~からめとられる愛」という本をベンチで座り読みした。買わなくてよかった。もう一つついでにランチを食べることにした。昨夏、店を探してやっと着くと「3ヶ月ほど旅行に行き、勉強してきます。」と張り紙があり、ますます興味を持った店だ。ボロビルの3階の扉をあけるとお客さんでいっぱいだった。気を利かせてくれた店員さんがはしっこの落ち着く席に案内してくれ、ゆっくりランチができた。キッシュという料理はおいしく、食べてしまって撮ったらよかったと思った。撮れそうな店の隅を一枚撮った。
たまにはぶらっといいもんだ。西は垂水から、須磨、板宿、長田、新開地、神戸、元町、三ノ宮、そして、灘から東は芦屋近くまで、デスカバー神戸はちょっと楽しい。
休日が楽しいと、仕事も楽しい。