2010年8月29日日曜日

憂欝でない8月の終わり


担任をしていた頃、8月の終わり、つまり夏休み終了のこの時期は、どうにかなりそうなくらい憂欝になった。
夏休みは先生も休み、と今だに思われている方もいるが、教材準備や研修や作業や…結構、忙しくしている。まとまった休みをとりやすくはあるが、同僚をみていても、民間と同じような休みのとり方の者が多い。それが、いいこととは思わないが。
20年ほど前、はじめて教員の世界に入ったとき、退職間際の老先生が「教師は、バレエや劇や、仕事とは関係ないものに積極的にふれなければいけない、そんな研修をしなくてはいけないのでは。」と言われた。ちょっと話の流れから飛躍していて軽く失笑めいたリアクションがまわりから出た。でも、ほんとうにそうだと思う。
学校外で何をするかで、学校内が変わってくる。
とはいえ、本業で手を抜いては何をしても一緒だが…。
今日は、恒例の職員親睦テニス大会。炎天下の中、半日たっぷり汗をかいた。
会場となった学校の若手は、てきぱきと動き、最後のグランド整備も砂埃まみれでしてくれた。
ありがたい。若手には大変だろうが、やりがいを持ち、意欲的にこの仕事をしてほしい。
帰りは、灘温泉郷のもう一つ「篠原温泉」に行ってみた。
温泉⇒30℃の冷温泉⇒電気風呂 と3回ほど繰り返すとテニスの疲れも楽になった気がした。
通級教室担当になってから、学校の季節行事の負担が減り、まあ、年中、同じペースで仕事はあるが、8月のこの時期の憂欝がなくなり感謝だ。
9月は久しぶりに実家で稲刈りをするつもりだ。

2010年8月24日火曜日

あおはに・ハーブクラブ


23日は職場の人と奈良・青葉仁会の施設見学をさせて頂いた。
神戸から車で行ったので、渋滞などの道路状況で到着時間が不確定になるため、青葉仁会のハーブクラブ(レストラン)で昼食をとることにして、時間調整できるように計画した。すると、青葉仁会のI氏が「ハーブクラブの運営についても説明します。」と到着時間にあわせて説明をしてくださった。その後、木工班、紙すき班、陶芸やさおり織りなどのクラフト班と施設を見学させていただき、丁寧な説明をして頂いた。
お忙しい中、本当にありがたかった。
到着してからの説明で「他のところではなかなか難しかった方が、挨拶がとてもよかったのでハーブクラブにくると、とても評判がよく、他のところではなかった活躍が出ました。ハーブクラブではあわなくても決まった作業をきちっとする木工班などで活躍されることもあります。」とお話してくださった。
確かにハーブクラブから木工、紙すき、クラフトと見学させていただくと、それぞれの方の特性を活かした作業所と感じた。
また、スタッフについても「それぞれが自分の足場を自分でつくる人でなければ難しい(続かない)。」と話された。言われたことをしているだけでなく、自分で自分の仕事をつくり出していく人でなければおられない職場・職責ということなのだろう。働かれている人たちの姿から静かだけど強い気迫を感じた。
私は私の職責をしっかりがんばろう、と励まされた。
座りっぱなしの他の研修で知識も得られたが、働かれている方の姿から受ける迫力を直に浴びなければいけない。私の仕事を見に来られたとしても恥ずかしくないことをできるようにしなければ…。
紹介してくださったSaltさん、説明してくださったI氏、O氏さん他スタッフンの方々、本当にありがとうございました。

2010年8月20日金曜日

脳科学と教育

昨日は大脳生理学者?久保田競先生のお話を聴いた。最近は久保田カヨ子先生の方がTVなどでよく取り上げられているようだが、カヨ子ばあちゃんのご主人だ。

「ワーキングメモリーシステムとミラーニューロンシステムを活用して、前頭前野がよく働くように。」というお話。なるほど、とおもしろかった。
午後は、広島己斐みどり幼稚園の谷口祐司先生のお話。谷口先生も「脳科学と発達障害」がテーマで午前・午後が繋がって面白いお話が聴けた。
また、どあつかましく「パワポのデータをいただけませんか?」「チェックシートのエクセルデータも…」と頂いた。
ちょっと、整理しておきたいほど、よい研修だった。

久しぶりに真面目に聴いたせいか、帰宅すると37.4の熱が…体はだるい痛いで、ぐったりとしてしまった。冷房もやっぱりダメ。

でも、今日の午前の研修はなんとか…と思っている。

2010年8月19日木曜日

研修三昧

今日から3日間、座りっぱなしで研修を受ける。
自分で計画したことだが、ちょっと気力が持つか心配である。冷房に苦手で背中が痛くなってくる。

座りっぱなしでない23日の研修は、Saltさんのお口添えを頂き、奈良青葉仁会の施設見学へ行く。
施設のIさんは、丁寧に対応してくださり、とっても感謝。昼食はハーブクラブで、と考えているので、それも楽しみだ。
そもそもこの見学を思いついたのは、奈良でNZという喫茶店を経営しているMさんのところに行き、そのMさんとスタッフの雰囲気のよさに惹かれたからだ。
Mさんの母体?となった青葉仁会とハーブクラブを見学し、NZに行ってMさんに会う、が研修計画だったが、Mさんは今まさにニュージーランド(NZ)へ行かれており、お店は休業中。Mさんに会う部分は次回となった。

仕事上で助言を頂く精神科医のDr(密かにエロチック師匠とも読んで・呼んでいる)は「この子がどんな20歳になっているか、なってほしいか、をイメージしなさい。」と言われる。そういう視点はとても大事と思う。
しかし、「個別の指導計画」にある長期目標は当面の1年の目標を書く。学期ごとぐらいが短期目標になる。「20歳のとき…」は書くなら「個別の支援計画」に書くのだろう。

ケース会で子どものことを話し合うとき、つい「20歳のときに…」と思って喋ると、当面1年での目標はどうなる?と思っている人と話が合わない。特に「個別の指導計画」で話し合うと、いらっとくるズレが生じることがある。
最近、ようやく「ハイハイ、ここでは当面1年のことだけね。」と割り切れるようになった。

でも、「20歳のときに…」の視点がない人とは、割り切った仕事しかできず、しっくりくる連携や、一緒にやる一体感や達成感はない。

青葉仁会の見学をさせて頂き、その経験を活かせるのは間接的だったり、少し時間がかかったりするかもしれない。でも、「就労や社会参加への支援」についてお話を聞かせて頂くことは、とても大切なことと思う。ガツガツ焦らなくてもよい研修になると期待している。

なんか旗揚げする気はないけど、昨年Saltさんにきてもらってやった自主研修「そだちと学びの支援」第2回に23日の研修をし、私が、いいな、と思う研修をちょいちょいしてみようか、と考えている。

2010年8月16日月曜日

マイノリティに隠された知恵


 夏休みを使って「愛着の形成と自己の確立」というレポートをシコシコとまとめた。
 A4で14ページになったが、「レポート、楽しみにしています。」と社交辞令でも言ってくれた彷徨坊主さんに、嬉しくて渡した。
 私の仕事のことを「トランポリンで遊んで…、おやつを作って…、そんなことが何になるねん。」と批判的に言われる方がいる。
 負けずに気にせず、七輪で餅を焼いたり輪ゴム鉄砲やこまを作ったりしている。一応、書字トレーニングやSSTもするし、小学校の教育課程の説明や子どもの発達段階や発達検査についても、それなりにやっている。
 誰がみても「専門職の仕事」とわかるものと「何の意味があるん?」というものと、まぜまぜだった。正直、七輪や輪ゴム鉄砲で過ごす時間は大切だけど、その大切さを納得させられるように説明す自信がなかった。「なんかわからんが、これははずせない重要なこと。」と思っていた。
 そんな風に「なんかわからんが…」ということが増えてき、いろいろな意味で必要を感じて、今回、文章化・言語化することにした。自宅にこもってただPCに向かうのは、ちょっとめんどいな~と思ったが、ここまでくると、教えられることが多く、とても感謝だった。
 私のところにくる子どもと親は、通常の学校教育では行き詰っている人たちだ。私に何ができるかはそれこそ未知数だが、そういうマイノリティ(少数派)を軽んじられないようになっている。
 効率も悪い。費用対効果という点で考えると、私をこういう職種に就かせやらせるために、大変なお金がかかっているのに、効果らしいものは極めて曖昧だ。しかし、私がこの職種におかれ、神さまから示さ教えられたことは、学校現場にいては気づけない、けれど学校現場には不可欠な視点だと思う。
 マイノリティを費用対効果で捉えないからこそ、明らかにされ、マジョリティによき還元がなされるものだと思う。
 マイノリティの中に、マジョリティの中ではわからないマジョリティにとって重要なことを隠されるのは、神さまの知恵だと思う。
 ごちゃごちゃ書いたが、自分が教えられたことを人さまに還元できているわけではない。今は、ただの独り善がりである。でも、それがどう活かされるかどうかは神さまのご計画にある。私は、自分にゆだねられた場を丁寧に取り組んでいくだけである。
 レポート作成後、Y.B.M氏の写真茶話会に参加し、ここ数カ月モヤモヤしていたものが、ひと段落ついた。とっても感謝。そんなことを反芻しながら、昨日から田舎に帰り、今は限界集落を心配するこの地で育てられたことを、ぼんやり味わってきた。
 レポートは、もうちょっと頑張って続ける。もうちょっと文章化・言語化したい。

2010年8月11日水曜日

MRI

数か月前にジムでレッグプレスをしていたら、後頭部がズキ!っと痛み、それからぐっと力を入れると後頭部が痛むことがあった。総とLDLのコレステロール値も高く、脳梗塞は嫌!…と思い、休みを利用して脳外科に行った。

脳ドックを受けると安くて3万、高いと倍どころか…。
保険がきいてMRIを受けられるので8千円弱ですんだ。
結果「きれいな脳です、どこも異常ありません。首や肩の凝りから力が入ると神経痛のように痛むことがありますが、それではないかと考えられます。」とさっくり言われた。

頭を横縦にスライスした画像が、さささと出てき、血管も頭がぐるぐるまわっていろいろな角度から見られるようになっていた。時実利彦大先生の本などにある脳の絵そのものや!、とプチ感激し、思い切って「この画像を印刷していただけませんか?」と聞いたら「印刷は無理ですが、データをCDにおとしてお渡しします。」「いくらですか?」「あまり言わないでください、ただです。」

ということで自宅のPCで自分の脳の画像を見ている。
8千円弱は安いといえば安いが、高いといえば高い。でも、このCDをもらえたことで、めっちゃお得感があった。もちろん「きれいな脳です。」も安心したが。

6月には腰痛と右足に力が入らないので腰をMRIでみてもらった。これも異常なし。
別に、病気探しをしているわけではないが、ドックも行ったし、最近体のメンテナンスをよくした。
痛まない内に歯科にも行っておきたいのだが。

健診の結果、私に必要なのは、日々の節制…油脂を避ける、こまめなストレッチ、となった。
これも特別なことをするより、普通のことを味わうべし、ということか。

2010年8月8日日曜日

虐待、というけれど


大阪で2幼児遺棄の虐待事件が報道に取り上げられている。

ちょっと気にして新聞や報道、ネットを調べるだけで、それなりの情報が得られる。


私たちの仕事は直接は子どもへの支援である。しかし、その延長に保護者への支援もある。しかし、保護者支援を直接するのは、学校教育ではちょっとおかしくなる原因の一つだ。ただ、保護者支援、とはよく言う。先日の研修では、子どもの相談を受けたが、その○○は39歳、ということだった。○○は母親ではなく祖母、おばあちゃんが39歳。十分、あり得るケースで、「そうなると3世代支援が必要である。」と話されていた。3世代までの親子関係を情報として得る、というのはケースを支援する者の鉄則?ではあるが、あくまで情報収集であって支援対象は2世代、と思っていた。


現在は、確かに3世代支援の時代である。


大阪の事件では、父親とその娘である事件を起こした母親の関係にも手を差し伸べられるべき課題があったようだ。そんな支援されるべき家族の関係が、見捨てられ痛ましい結果になるのは、やはり残念だ。


虐待について、もう一つ。


兵庫県三木市のある学校で虐待の通報をした。通報をされた父親が市会議員を連れて学校に来、「だれが通報としたのか」と校長に詰め寄った。あろうことか校長が「養護教諭(保健室の先生)です。」と答え、父親による養護教諭へのいやがらせが始まった。結果、休職した養護教諭は、その後、自殺された。現在、遺族が三木市を相手に訴えておられる。

誰より校長に対して強い憤りを感じる。

この事件についてはネットでも詳しく出ている。


明確な虐待でなくても、親子関係のいびつさから親子ともども苦しむ姿は、日常にあふれている。

虐待事例のほとんどで、虐待を受けた者が親になり我が子に虐待を繰り返す、ということがある。


親が、自分の親(魂の監督者)をどう抱くか、は重要なことである。

それは、もちろん私自身の問題でもある。

2010年8月7日土曜日

終戦記念日が近づき

昨日は暑かった、ようだ。ほぼ一日中建物の中で研修に参加しており、エアコンの冷気で夕方外に出たとき、ほっとするくらいだった。

私は、戦争の「せ」の字も知らない世代だ。

3年の国語の教科書に「ちいちゃんのかげおくり」という物語がある。
空襲で燃える町を、必死で逃げるうちに母子が離れ離れになってしまい…、その悲惨さ、必死さを考えず、アクション映画のワクワクシーンのように読む子のことを苛立って「そのたいへんさがわかってない。」と職員室で話した。20年ほど前のことだが、そのとき退職間際の先輩教師が「あなたも知らないでしょう。私は母と、まさにあのシーンを通った。」と話された。
軽々しく話した自分が恥ずかしかった。

ヒロシマ、沖縄、神戸空襲、…アジアでの惨状、シベリアでの抑留…数々の悲劇というような言葉ではすまされない時代を生きてくださった方々の後に、今、生かされている。

それは違うのだけど、ある意味、起こり得ないと分かっているだけれど、日本が、よくなってほしい。

2010年8月1日日曜日

いなくなるから取り入れられる


北山修を取り上げた「最後の授業」というNHK教育の番組を観た。録画していたので4話を一気に観た。
「帰ってきたヨッパライ」で一躍時代の寵児になった氏だが、1年ちょっとでマスコミから姿を隠し、その後は精神科医として活躍された。
家族や友人に聴いてもらおうと300枚だけ作ったレコード(帰ってきたヨッパライ)が、自分の手元を離れ、独り歩きしていったこと。自分が曲を作るときは、この人に、と極めてパーソナルなものとして作っていたのに、そのパーソナルを変えてしまうTVなどマスコミについて。パーソナルな世界を生きる精神科医、こっちのほうが絶対面白い、だからマスコミで生きることを辞めた、など前半2話で語られた。
後半2話は、精神科医として、セラピストとして、の内容になっていったが、母子の愛着関係など学んでいる私にも興味深い内容で、しかも平易なことばで解説されており、よかった。
4話の最後は九大での最後の講義での言葉
「いなくなるから取り入れられる、いなくなるのも教師の仕事です。私はこれで去ります。」
だった。
ああ、とじ~んときた。
愛着者のイメージが内に住む、内在化することが、愛着関係には重要である。
北山氏の言葉でいうなら、いなくなるからこそ愛着者のイメージを取り入れられる、内在化できる、ということである。まさに、その通り。いつもいつもお母さんがそばにいては、見えないものをイメージとして内に育てる訓練を必要としない。いないからこそ、見えないからこそ、内にイメージを育てるのだ。
主は「しかし、わたしは真実を言います。わたしが去って行くことは、あなたがたにとって益なのです。」(ヨハネ16:7)と言われ、御霊によって私の内に住まわれる主キリスト・イエスについて話された。
主の真実を強く感じた。
私の仕事は、終わると成功、といったものである。
何がしかの困難や問題があり相談に来られるので、その困難や問題が一応の解決すると、私のところを去って行かれる。だから、単純に言えば、終わるということは解決・成功で、続くと未解決、ということになる。
あくまで家族との関係や担任など学校との関係を支える”縁の下の力持ち””黒子”と理解していたが、もう一つ自分の立ち位置がすっきりしないことがあった。
しかし、「いなくなるから取り入れられる」という言葉はぴったりくる。
家族や担任など教師とは、ちょっと違う価値観で、違う角度から、子どもに向き合える私を、子どもがうまく取り入れて自分で歩き出すことを願うのである。私が発するものを子どもが上手く取り入れるには「いなくなるから取り入れられる」のだ。まさに「終わるのも、やめるのも、私の仕事」である。
一つ一つのケース、相談には、到底私などが抱えられない問題がある。
ある同僚が「神戸市の半分の子どもたちをみる責任が私にはある。」と言うのを聞いて内心「バカじゃなかろうか。」と思った。どうして人のことを抱えられるのか。
割りきらなければできないものがある、と思ってはいたが、この夏、ゆっくり主に問いたいと思っていた。一つ一つは偶然ではなく、主によって出会うこととなった方である。主の取り扱いと思いを教えられたいと思った。そうすることで「割り切る」という自己流の方法ではなく、もっと自由な方法で仕事に向かえると思っている。
人の評価や目先のこと、時代や社会の流行、そういったものとは違うスタンスで私が仕事をすることは、今の私に、主がゆだねてくださったこと、と思っている。
約束と勝利はゆるがない、でも、一つ一つ教えられ、主の安息に導かれるには、主に問い、主を信じて歩まなければならない、ように思う。