日に日に背中がこわばり不調になっていく。
こういうときに「あなた、憑かれていますよ。除〇してあげましょう。」とか言われるのだろう。
教会に声楽家の女性がいたが、フランスに行かれ、そちらで結婚された。
ダンナさんは小学校の先生で、今までも私の勤務校に来て頂き授業をしてもらった。今年は10月に生まれた赤ちゃんと一緒に帰国され、ダンナさんだけを、先日は鶴橋と難波界隈、今日は前任校で行われたとんどをご案内した。
難波を歩くのも久しぶりだった。日本橋方面も行ったが、萌~っぽい店が確かに増えていた。NMB48の場所もわかった。今日の前任校では久しぶりに会う保護者の方に声をかけて頂き、子どもらの成長を教えてもらえ、感慨深いものがあった。ご案内した方は「点火に加わって頂けませんか。」と言われ「今日はフランスの小学校の先生〇〇さんも点火されます。」とアナウンスされていた。炊き出しの豚汁もご馳走になり、とっても温かく迎えて頂けた。本当に感謝で嬉しかった。案内した方にも「とってもおもしろかった。」と喜んでもらえた。
久しぶり、なことにしみじみとした楽しみがあり、ほっこりした。
神さまの恵みと祝福を教えられる。
2011年が始まった。
今年もさまざまなことがある。一つ一つのことに一喜一憂せず…と言いたいところだが、実際は揺らされ振り回されるようなことが多いだろう。そういう自分の弱さを見ることは二の次三の次のこととして、
「わたしの目には、あなたは高価で尊い、わたしはあなたを愛している。」(イザヤ43:4)
「だがしかし、悪霊どもがあなたがたに服従するからといって、喜んではなりません。ただあなたがたの名が天に書きしるされていることを喜びなさい。」(ルカ10:20)
と言われた方との関係を最優先に楽しみたい。「ああしたい、こうしたい」「こんなことに備えていく」と他の目標も立てない、考えない。
「主を知ることが、海をおおう水のように、地を満たすからである。」(イザヤ11:9)
「私の祈りの家で彼らを楽しませる。」(イザヤ56:7)
それが全てではないか。自分が楽しんでいるなら、誰に対して不満も文句もないだろう。
自分に幸せと平安をもたらすものだ、と様々なものを意識的・無意識的に求めてきた。そういった方向を変えたい。