2009年11月28日土曜日

愛着者が内在化する

『脳科学の番組によく登場する茂木健一郎さん(アハ体験の方です)も「子どもの自主性・主体性には安心基地が重要です。」と言われています。
よちよち歩きを始めた子どもは、公園などに連れて行くとテクテク歩いて好きなところへ行きたがります。面白いものを見つけると楽しそうに遊んでいますが、はっとするかのように「お母さんはどこ?」といった感じで顔を上げ、お母さんを見つけるとトコトコトコとよっていってお母さんに抱きつきます。ひとしきり抱きつくと、また、テクテクと…。幼児期から子どもが主体的・自主的にしようとするときは、不安や心配を受け止め慰め励ましてくれる安心基地(お母さんであることが多いですが)が必ず必要です。安心基地がなければ、不安でたまらず、何事かに取り組むことも難しいです。小学校のこどもも同じです。学校の学習・授業は、基本新しい課題が毎日出てきます。「できるかな?」「よくわからんな?」といった不安や心配は大小様々でも、毎日子どもたちは感じ取っています。その不安や心配に負けず向かっていく力には、安心基地が欠かせません。「この先生となら頑張れるかも…」と担任が学校の中で安心基地になることはもちろんですが、やはり子どもにとって安心基地は、家庭です。

安心基地は必要不可欠なものですが、いつ不安や心配があるかわからないからといって、お母さんをいつもいつもそばにおいておくことはできません。「これをお母さんと思うのよ。」とお手製の小さいぬいぐるみでも持たせて…これも限界があります。しかし、たいていの子どもはそんなことをしなくても自然に離れて好きなように遊んだりスポーツをしたり…となっていきます。そのうち「うるさい、オバ○○ン」と憎まれ口もたたくようになります。
これは安心基地がイメージ化され内に蓄えられるようになったからです。これを「愛着者が内在化する」と言い、茂木さんも子どもの自主性・主体性・意欲のポイントとして指摘されています。
小学校でも4年生後半あたりから親にはいちいちグチらず、一人で頑張る姿が増えてきます。目に見え、体に触れ、声で聞こえる応援でなくても、自らの内にある親の愛情を支えに頑張ろうとします。まさに内在化した愛着者(安心基地)を支えに頑張る姿です。そのときに小さいときと同じように親がベタベタよると、うっとうしがられます。逆に、まだベタベタが必要な子を突き放すと危険です。』

これは、保護者向けに書いた文章です。「内在化した愛着者」は人の一生にかかわることと思います。今年、同じテーマで説明を少しずつ変えながら、いろいろな人にいろいろな場面で話しました。私の中で、今年のマイブームでした。

それは「内在化した愛着者」の意味とその重要さを教えられたとき「こうしてキリストが、あなたがたの心のうちに住んでいてくださいますように。」(エペソ3:17)というみことばが思い出されたからです。
キリストが私のうちに住む、内在化する、私の心の王座にある、そのことの意味をあらためて考えさせられました。と同時に、この世のあらゆることの中に、神と私たちの関係を教える神さまの知恵がある、となんとも嬉しい気持ちになりました。

私のうちに住んでくださるキリストとの関係が、ここに書けたらなあ、と願います。
う~ん、まだまだ固いな…、どうもぎこちないけど、ぼちぼちと^^

2009年11月23日月曜日

今さら…いやいや、これからだからこそ

ブログをはじめることにした。

3年前からの通級教室の仕事が助走なら、今年、salt氏のリコーダー講座やY.B.M氏のSIGN写真茶話会が、踏み切るきっかけ、になったと思う。

自分が考えたこと、思い浮かんだことを、とにかく記してみます。