2010年12月31日金曜日

さて、どうなるか

元旦から岡山の田舎に帰省する。

実家の手前1㎞ほどの道に雪があることが多く、チェーンは必需品だ。
3年前に買ったチェーンが昨年はまらず、その前の年ははまったのに…オートバックスへ持って行って店員のお兄ちゃんがジャッキであげてもダメで「買うか!?」と思ったが、3万円近くするのを見て断念した。今年は、どえらい天気になりそうで、またチェーンを出した。やっぱりダメで、また、3万円近い、安いものでも1万円…という値段を見て困惑していると店員さんに声をかけられた。事情を話すと
「一度、チェーンを持ってきてください。もったいないですし…」
「昨年もこちらでしていただいたのですがダメで…じゃ、またお願いします。」
あかんやろ、と内心思いながら、持って行った。
ナイツのつっこみ役のようなお兄ちゃんが取り付け始め、なんと5分ほどで付いたではないか。ビックリ!
こんなふうに、とコツを聞いたけど、どうにも自力でつける自身がなく、油圧式のジャッキを買っておいて浮かせば確実かも、と買いに行った。すると3千円ほどのジャッキが棚にない。
チェーンを相談した店員さんに言うと「いりませんよ、大丈夫。ジャッキであげて付けるためにひっぱったりしてジャッキがはずれると危ないですよ。いりません。」と言われてしまった。
ジャッキで楽々付けた経験者の私は、渋々帰宅し、自力で付けるのに再挑戦。
やってみると今度はすんなり付いた。いや~感謝、感謝。
実に良心的なオ^トバックスの方のおかげでチェーンもジャッキも買わずにすみ、お金を使わずにすんだ。ここに至るのに時間はかかったが、なんとも嬉しかった。

雪の心配をしながら帰省するのは大変だけど、それを年に1回でも雪道を走る経験をするとき、と考えている。やらなければできないことはいろいろある。バイクで市街地を走るのも慣れなければ結構恐ろしい。左車線を走っているとタクシーなどお構いなしに客を拾おうと停車しようとする。タクシーの後ろは走らない、どうしてもの時はタクシーだけでなく歩道の様子にも目を配る。
経験するから気が付けることが私の場合多い。

無駄と思うか、経験したからこそ学び得た、と思うか…些細なことだけど大切なことと思う。

2010年12月29日水曜日

ええことをしなさった、と自分に

昨日は大掃除パートⅠ

網戸を洗い、窓を拭き、終わり。午後から雨と予報はあったけど、午前中は温かく、やってしまうことにした。
狭い土地に建ってる木造で3階建てで、窓の枠に座ったり2階の屋根に立ったりして3階の窓を拭いていると、こういう身のこなしはいくつまでできるんだろう、と思った。
今朝の朝日新聞に西武を解雇された工藤投手の記事があった。
あきらめる、ということがわからない、限界は自分が決めつくるもの、といったコメントと、力勝負では若い者にはかなわない、でも、投球術ではまだまだ…というコメントには、単純にすごい、と思う。

若いとき一人暮らしをしており、部屋の片づけは自分がやらなければ誰もしてくれない。 そんなにきれいにしているわけではないが、一応整理し片付けないと落ち着けない。
照明の傘や冷蔵庫の上を拭いたり、自分の部屋?の片づけをしたり、今日明日ちょっとずつする予定だ。そうそう明日は義父がブルーレイをくれるということで、家族で行ってごはんをご馳走になりブルーレイまでもらう、ありがとうございます。設定のためリビングのテレビまわりの掃除は大晦日になるか…。

大掃除ができ淡々と年末を過ごせることに感謝する。
工藤選手の心意気を、私の淡々とした生活にも見習いたい、80になって窓枠に軽々あがったり屋根に立ったりはしなくても、台を使って網戸をはずし窓を拭き…同じやり方でなくてもやりようはいくらでもある。
できない、しない、とやめたらそこまでだ。

神さまから与えられているものを大切にし、日常をしっかり楽しみたい。

2010年12月28日火曜日

めっちゃ!おいしいチーズケーキ

昨日は彷徨坊主さんの学校に、ちょいお邪魔した。
Saltさんの長女が発した名言「学校徘徊」の一つで八尾市まで徘徊の足をのばしてみた。

直接的には、2年生のあるクラスの男児について話し合うためだったが、クラスの他の子の絵も見せて頂き、そのクラスの中にいるその子について話し合わせて頂いた。上の絵は、私の学校の2年生の絵で、昨日のクラスの子とは関係ない。

たいしたお話もできず、申し訳なかったな~と思いながら…、私は子どもについては勿論、その学校や担任の先生に関する事前情報がないところで子どもの絵や字からだけで読み取れるものは、どんなものか、体験できよかった。

担任として、毎日向き合っていると当たり前でいちいち意識などしていられないだろうけど、一歩引いた視点で見ると、当たり前だが、子ども一人ひとりは実に多様なものを抱えている。見え過ぎると「見えすぎちゃって困るの~♪」とばかりに、担任として授業をし、学校生活を子どもらに送られるのはしんど過ぎる。見抜くべきだけど、見抜いてもぼやっと過ごせなければやっていけないだろう。何気ない日常でちょっと声をかけ手をかけるタイミングが的確になったり、何かあったとき、「なんでや」とうろたえず、さもありなん、と支援できる思慮を日頃から持ったりするお役にたてれば、私の立場ではいいのだけれど。

冒頭の2枚の絵は、なかなかの迫力である。
お話の絵を描く授業で、化け猫を描いているので、気持ち悪かったり怖かったりしていいのだけれど、ちょっと違う怖さや不気味さを感じる。
上の絵の子は、構図や形のとりかたも上手く、知的にも十分あるのだろう。でも、この激しさはどこからきているのか、どんなふうに育つか、とっても楽しみ。このエネルギーを吐き出させてあげたい。
下の絵の子は、上の子に比べれば知的にやや低い。化け猫の表情(目と口)とその配色(青と紫のムラのあるコントラスト)になんとも言えない恐怖?不安?を感じる。胴体の汚い配色の重ね塗りも否定的で気になる。勝手な想像だけど、彼はそんなストレス源と向き合っているのだろうか?それは彼の外にあるのか内にあるのか…できる見守りや声かけをしたい。

子どもの絵には投影がある。
見えるもの、それだけでそれ以上やそれ以外のものはない。それ以上のものやそれ以外のものは、見る私が勝手に思い描くものだ。はずれていればチーンで勝手な決め付けでゴメンナサイ、近いものがあってもそれをどう活かせるかが問題である。そもそもこんなことを何のためにするのか、その動機は厳しく問われるべきだ。動機が問われずして活かされるものは何もない、いや、害はある。
上の2枚の子にしても、学校生活は平穏にしているなら、あれこれ子どもを触るべきではないと思う。特に下の子を「ストレスはないか?」とばかりに問い質すと、ぜったいよくない。先生のまなざしが変わることが何よりの支援ではないか。でなければ、私の情報も私自身も害にしかならない。

数を見れば見るほど、ハウツウは身に付いてくる。でも、動機は身に付かない。自分が問われ続けることでしか、動機は示されない。
子どもの絵⇒その子自身⇒見つめる自分、となるけど、冬休みは、もう一校の学校の絵をじっくり見てみる。こういうふうに自分の仕事が整理されるのに、いろいろな人の影響があった、数人の顔がすぐに浮かぶでしょ^^

彷徨坊主さん
チーズケーキ、めっちゃ、おいしかったです。食いしん坊の下の娘がすぐ「一人3個ずつやね。」と^^
そう言っといて4個ぐらい食べるのですが…。
ケーキだけでなく「こいつ、ちゃんと言いよんのか。」と^^気を遣わせてスミマセン。
ケーキはいいです、KARAか少女時代にしてもらって意外と近いので、またチャンスをください。

2010年12月26日日曜日

「クリスマスの約束」という番組

24日放送の「クリスマスの約束2010」という番組を今年も観た。

63歳だったか小田和正がメインでいろいろなアーティストとクリスマスコンサートをする。
クラシックの巨匠がすごいジイさんになっても活躍するように小田和正は80くらいでもラブソングを歌うんだろうか。想像すると、ちょっとキモイ、イタイ感じもするけど…番組ではまだまだかっこいい。
今年は山本潤子が「冷たい雨」を歌い、ハイファイセットでもこの歌が一番好き、というか「フィーリング」とかは大嫌いでハイファイセットはこの曲と他2、3曲しか聴かないけど、とにかくよかった。ユーミンが歌うより断然いい、私の中では。

キロロの玉城千春さんが今年は出ていて、いい話をしていた。
彼女は声が出ない時期があり、そのときは、歌うことも歌を聴くことも嫌だったそうだ。
そんなときは人の話さえも受け付けられなかった。
そんな経験を通し、人の話が聴けない人が、歌を聴くことによって心がほぐされ、人の話を聴けるようになれば…そう願ってもう一度歌いたい、と。

事情はどうあれ、人の話を受け入れられないときがある。
音楽なのか、絵画なのか、自然なのか…写真なのか、ことばによらないもので、ことばを受け入れる準備がなされる。そういうことは、非常に、ヒジョーに大切なことと思う。

小田和正が音楽を通じて世代の違う人間・アーティストと一緒に楽しんでいるのは、単純にすばらしい。
NHKの番組でもなんの楽器だったかクラッシクの巨匠が若い演奏家に厳しいことを言い、その後「自分はこの音楽に全身全霊で仕えてきた。その力がある者に次に仕えることを求めるのは当たり前。」といったことを言っていた。
指導とか教えるとかではない、育成の在り方、と思う。

どうせなら、こんなに面白くて楽しいことを…やろうよ、と言える者でいたい。
もちろん、一人であっても面白がって楽しみ大満足した上で。

しかし、「クリスマスの約束」って番組の主旨はなんだ?
クリスマスが過ぎ「クリスマスの約束」を味わいたい。

2010年12月23日木曜日

北山修さんの「最後の授業」

今日は、Y.B.Mさんが山口まで納品に行かれた帰りに、1月に神戸でしていただく写真茶話会の下見のために、わざわざ私の勤務校によってくださった。
このいつのシリーズかわからなない合体ロボの横にY.B.Mさんが立っていたのは、とても不思議だった。

以前も取り上げたように思うが、
北山修さんは”帰ってきたヨッパライ”を数人の知人に「面白い曲ができたで」と紹介し楽しむつもりでレコード化したのに、テレビに出て、ただただ”帰ってきたヨッパライ”を歌うことになった悪夢のような…こんなことは耐えられないとマスコミから一線を引き、加藤和彦たちとは違う歩みを選ばれたらしい。
九大の最後の授業でも臨床心理を志す学生に
「どんなにたくさんの人がいようと、我々は一対一の関係です。」といったことを言われていた。

つくづく一対一の真実さを感じる。

学校は、1クラス30人前後の子に一斉に教え、いかに効率よく学ばせるか、を常に問う。
個別や小人数を相手にする私の仕事でさえ、効率のよい効果のある、そして、あわよくばAさんにもBさんにもCさんにも有効な指導を見つけ、実践しようとする。
一人ひとりなんて非効率で、時間や労力を要するものを、なんとか避けられないか、と知恵をついつい絞ってしまう。

そうして大事なことを見失い、最悪のことは、その失敗の責任を子どもやその家族に転嫁することだ。

効率を追い求める学校システムに大切な警鐘としてか、その愚かさを嘲笑ってか、どちらかと思うが、うまくやろうとする学校システムの中から思いっきり非効率で時間も人も要求するやっかいな労力がかかる事態が多発している。
おかげで私の仕事は空きがないほど相談が入る。

しかし、いつも不思議と自分がこれは受けきれない、と感じるほどの相談件数とはならない。
神さまが、私にゆるす方々・ケースだけが、私に来ている、と教えられる。

私は、神さまにゆるされ出会った方々との関係だけを大切にしていればいい。
それを自分の実績として関係ない第三者の多数に認めさせようとしたり、数や評価にこだわったりすると、あっという間にクルクルパーなことになる。
同業者に中で、あきらかな違和感を感じる者にある異物は、自分と出会う方々・ケースとの関係以外の不特定多数を意識する心だ。

Y.B.Mさんに無理をお願いしてしていただく写真茶話会は、私とY.B.Mさんとで楽しむものであり、私と参加者一人ひとりとの関係性を楽しむためのものだ。
あっという間にクルクルパーになりがちな私はこのことを肝に銘じたいと思った。

今日は朝食として、Y.B.Mさんに手作り目玉焼きを食べさせてしまった。
思えば学生時代の下宿で彷徨坊主さんも食べ、Saltさんも食べた塩辛いだけの目玉焼き。
腐れ縁が続いているお二人のような目にY.B.Mさんも…。

神さまにゆだねられていることを、しみじみ味わい楽しみたい。

2010年12月18日土曜日

気づき

子どもが学校へ行く、それは当たり前のことである。
しかし、本当に「学校へ行く。」という価値観は正しいのか…。

学校へ行けない、どうすれば学校へ行けるか、と保護者と話し合いながら、学校(その先にある社会)へ適応する、とはどういうことか、自問していた。
社会に帰属するとはどういうことなんだろう。
朝、起きて学校へ行く、チャイムが鳴ると教室へ入る、30人前後の人と一緒に決まった時間内に食事をする、それらのことが当たり前にしなくてはいけないこと、と思える子はいい。何がしかの理由でそんな当たり前が非常な困難さを感じる子らがいると、なぜそうしなければいけないのか、と考えざるを得ない。また、そんな生活の中で同年齢の子や先生たち大人と関係を築いていく意味…。
私は私、これでいいのだ、と思える自立への道筋は学校にある約束事に追従しているだけでは得られない。しかし、じゃあ”学校”など関係ない、というのではない。
真に人格的に自立していく者は、学校とも、もちろん社会とも健全に付き合える。
自立と依存、という関係性が正しくあり共存が生まれるべきところに、支配と被支配という関係性が持ち込まれ過ぎと思う。
私も適応が苦手だ。宴会の2次会など勘弁してほしい。「みんなで2次会に行きましょう。」なんて気持ちは共有できない。「こうしましょう。」「こうあるべき」なんて話の多くは支配的で「みんなで2次会に行くぞ。」くらい勝手な価値観の押し付けと思う。
自立と依存の関係性をはっきり意識できるようにし、支配と被支配の関係性にはきっぱりNOと示せるようにしたい。
押し付けられた価値観に適応できないからといって絶望しないで、抜け道を見つけ、「これでいいのだ。」と胸をはってやろう、私にもその伴走をさせてほしい。

2010年12月16日木曜日

永遠の0

百田尚機の「永遠の0」を読んだ。
零戦に乗り命を落とした祖父の生涯を孫がたどっていく物語だ。小説の形態としてはちょっと…とは思うが、あの時代を生きられた方々を知ろうとするには一読の価値がある本だと思う。
日本はどうなってしまうのだろう。
組織とか社会とかに依存し期待すると、おかしくなる。
しかし、そういったものに一切属さず生きることはできない。
「それは私に任されている」と言い放ちこの世を支配するものの手から解かれて生きるには、主を見上げる、つまり信仰しかない。
「わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。」
(イザヤ43:4)
「わたし、このわたしは、わたし自身のために、あなたの罪をぬぐい去り、もうあなたの罪をおもいださない。」(イザヤ43:25)
私の教室は、この社会でうまくいく、そんなことにとらわれず、全く違う価値観がある場所でありたい。
学校や自分のクラスに適応できない、言い方はどうかと思うが、この世に捨てられた(学校に適応できない)者が真に価値あるものを得る、とはちょっと福音的ではないか。
療育とか、何か改善するところ、と自分の教室を捉えていたが、学校組織に負けない教育的価値をもつところと胸をはりたい、と考えるようになった。
SIGN写真茶話会で自分の写真を見ていると、私の教室へ来る子や保護者への私の”ラブレター”としてまとめたい、と思えてきた。
私の2010年版SIGN写真茶話会写真集は、そんなものにしたい。

2010年12月5日日曜日

定年が…


定年が65歳になるという話が出ている。神戸市教育委員会が先進的に取り組もうとしているようで…。

えらいこっちゃ…、ですが、あれこれ考えてもだめだ。

神さまは最善をしてくださる、その一点だけが大切なことだ。

2010年11月27日土曜日

みつめて


こうして並べると、遊んでばかりで一体どこが仕事なの?と思われるでしょうか。

先日は「ポケモン研究をしてもらわなくっちゃ。担任の先生にそれを望まないけど、通級の先生には…」とドクターから言われた。ポケモンかあ…であるが、まずはテレビを観ることにしている。

こんなふうに下をみていて、頭に砲弾が降ってきたらかないません。

日常と報道されることを乖離させてはいけない。

2010年11月21日日曜日

これは、すごい

昨日は、認知行動療法の立場から子どものうつの予防と対応についての公開講座へ行った。
古典的?な森田療法からもお話があり、それはそれで面白かった。
「子どもの自発性を育てるのには"遊びと体験"が大切」だそうな…。
他にも「健康な生活をすれば、心も健康になる。」「教師は”得意さがしと勇気づけ”が肝心。」など、ごもっともごもっともと思うことが丁寧に話された。
学会とかになると、我がところが一番で他はあかん調で進められ、辟易することが多い。
ある研修で、「きゅうり」とか「ラッパ」などの特殊音節の表記ができない中3の子を3ヶ月の指導で改善した(習得させた)大学の先生が「学校の先生方は9年間何をしておられたんですか。」と言われた。
カチンときた私は
「特別支援教育の専門であるあなたのような立場の方が、学校の教師の仕事をそんなふうな言い方で言い放つから特別支援教育は浸透しないのだ。分かったつもりでいないで、3ヶ月で習得させる指導を9年間持ち込めなかった学校現場を見つめ直し再考してださい。それは専門家であるあなた自身の力不足とも関係しているでしょう。特殊音節の表記の指導はできなくても、学校がその子に体験させたものの価値や量を軽く扱わないでもらいたい、専門家の学校教育をなめた発言が、どれほど混乱をもたらしているか自覚してわきまえてほしい。」
と満場の会場で発言したら、…そうです、カチンときただけでその時何も言えなかった私は忘れられず、何にカチンときたのか、何年も繰り返し考えていました。
学校現場の我々は、よいと思われるものを子どもに合わせ取り入れればよい、所詮、方法論であり、本質的なことは子どもが育つであって、学会や主義や理論の正当性や優位性を示すことではない。
公開講座の前に西宮市立の小学校の図工展を見学に行った。入口の階段から展示され体育館はどえらいことになっていた。BGMも流れ、浅田さんや梅佳代さんの写真展のような○○パーク的な楽しさだった。
ついつい一つ一つの作品にある子どもの様子に夢中になってデジカメで撮りまくった。
もっと図工展としての全体に私的に浸りたかったが、時間がなく出なければならなかった。
帰宅して写真を見ると、おしいことをしたな~と。
図工専科個人の思いや力のすごさだけでなく、これだけのものを協力する職員の力量にも感嘆する。
公立学校教育は、まだまだ底力がある。

2010年11月16日火曜日

分岐点

13日に音楽会が終わった。

直接子どもを指導するわけでもなく、当日ビデオ係で参加する程度にもかかわらず、加齢とともに涙もろくなったとはいえ、こんなに泣けた音楽会は初めてだった。

4年前にこの学校へ赴任したときは「なんてぬるい、いい加減な指導をしているんだ…」とびっくりした。
案の定翌年には子どもの荒れが噴出し、たいへんなことになった。今までのいい加減な取り組みのツケを負わされているように感じた。子どもの荒れや保護者の訴えに振り回されながらも「急によくしようとしても無理。2、3年かけて学校を変えよう。」と励まし合って対応していたが、私自身、よくなった学校のイメージを抱きにくかった。それでもそう言って地道にやるしかなかった。

音楽会前日に3年前からの音楽会の記録ビデオを見直していた。当時を振り返り、誰が悪かった、という話では正しく捉えられないものがあると思った。教師も子どもも保護者も怠惰な流れに知らず知らず流され、荒れをゆるしてしまう。この荒れを生む悪しき流れは、通った者でなければ気づけない分からないものだ。人から教えられるものではなく自らの経験でしか学べない。

子どもらの演奏はすばらしく、「勝った、勝った」と思いながら聴いていた。この悪しき流れからの勝利のように思った。3年という年月がなければ育たないもの、学べないものがある。

エンディングの歌を歌う何人も6年生が泣いていた。それだけでなくギャラリーから一緒に歌う5年生の子も泣いていた。保護者は体育館の外で花道をつくり、出てくる子どもらを待って拍手を送った。最後の最後にこっそり出る私にも拍手をくださった。

子どもらの涙や保護者の方の拍手を見て、この3年、荒れる子どもらを見てしんどかったのは教職員だけでなく、そういう校内で過ごさざるを得なかった子どもらも、それを見守る保護者も、ことばにできないしんどさがあったんだな、と気づけた。そういうしんどさや重苦しさから解放された喜びの拍手のように感じた。

この世には様々な義や美がある。それらには全て、霊的な型があると、つくづく教えられた。
この世に示される義と美から、神を賛美し感謝し、いっさいの栄光を神に帰すのがふさわしい。
それを神以外のものに栄光を帰そうとするとき、悪しきものが生じる。
この分岐点こそが鍵と思う。

平凡で、淡々と過ぎる日常の中で、この分岐点を静かにおぼえ、当たり前の生活を送りたい。

2010年11月9日火曜日

リアリティ


それは私に任されているので、私がこれと思う人に差し上げるのです。(ルカ4:6)
国々のいっさいの権力と栄光は、サタンの思うままのようだ。
先日、Saltさんのリコーダー講座にお邪魔した時、雑談の中で「無名のアーティストが売れるかどうかを見抜くポイントは、曲のよしあしではなく、声やルックス(ヴィジュアル)だ。曲は他のものが作ればいいし、歌もうまくなる。」と言われていた。…なるほど、華とか、オーラとか、確かにそういったものを放つ人がいる。
別に芸能人やプロスポーツ選手や政治家でなくても、人を惹きつけるものを持つ人がいる。
そいうった惹きつけるものに、どれだけのリアリティがあるのだろう。
きつねやたぬきにだまされる、と同じように、まやかしにあっている気がする。
サタンから権力と栄光を受けて…、というと、おとぎ話のようだけど、そんな話に逆に妙なリアリティを感じる今日この頃だ。
私のは身の丈の生活の中でキリストのいのちを教えられ、そのリアリティにいたい。

2010年11月3日水曜日

おめでとう

今日は姪っ子の結婚式。

私の強烈な、それはもう強烈な姉の子でありながら、実におっとりと柔和に育った。
幸せになってほしい。

しかし、自分の娘が結婚するときは、どんな気持ちなんだろう。家庭を築き幸せになってほしいが、私たちの家庭を離れ、見知らぬ男だったやつと幸せな家庭を築く… う~ん、想像するにかなり複雑。
今日も冒頭で司会者が二人の出会いやプロポーズのときの話をしていたが、自分の娘なら「ああ、聞きたくない!」と思ってしまった。 …私はかなりバカ?!

久しぶりに会った叔父に「もうしばらくは家族のため、その後は自分のために生きなさい。」と言われた。「信心とは別だが…」と四国を歩いて巡礼していることを教えてくれた。だんだんとただ歩くという境地になるそうだ。もう一人の叔父は、3週間かけてバイクで北海道旅行をしたそうだ。

別に家族のためだけに仕事や何事かをしているわけではない。「誰のため仕事で苦労してると思っているねん。」などと家族に対して思うことは全くない。以前の仕事ならそう思っていただろう。
それはともかく自分の時間を大切にすることはいいな~。
リタイヤした叔父たちには負けていられない。

姪っ子よ、おめでとう、もっともっと幸せになるんだよ。

2010年10月31日日曜日

生きるということ

今日の礼拝では、司会をすることになっていた。
いつも遅刻気味な私も、早めに教会へ行った。すると、年配のご婦人が話で盛り上がっている。
そばで聞いていると…



私は昭和20年6月5日の神戸空襲にあった。灘から舞子まで歩き、三ノ宮あたりでは焼け焦げた遺体が何体も転がっているのを見た。舞子に着くと靴がやけてなくなり、ひどいやけどをおった。赤チンしかつけるものがなく、そんな処置でほっていた。

数日後、満州に渡った。終戦2ヶ月ほど前だったが、そんなことはわからない。結局、満州で終戦を迎え、帰国することになった。しかし、日本が負けたことで北朝鮮で汽車から強制的に下ろされ小学校に収容された。そこへ、ソ連軍が来るとなったので、みんな山の中へ逃げた。結局、1年間、山の洞穴で暮らした。その間、情け深い北朝鮮の人が握り飯を持ってきてくれるなど助けてくれた。「日本が悪いことをしたのは、上の人間で、あなた達も戦争の被害者だ。」と助けてくれた人は忘れられない。当時、北朝鮮の大人は朝鮮語だが子どもは日本語だった。親が子どもに教育ができないので、私に数学など教えてやってくれ、と言われ、そんなこともできた。

北朝鮮に1年ほどいて、ある日「間もなく漁に出る。その船に乗って玄界灘の島に下ろしてやるから乗らないか。」と言われた。木造の帆船の魚を塩漬けにする50㎝あまりのところの隙間にみんな入り、海に向かった。3隻の船にそれぞれ100人ほどが乗っていた。ところが台風が来て、その3隻のうち2隻が沈没してしまった。私が乗った船は、なんとか島に着き、私たちが下りると、あっという間に船はいなくなった。船を出してくれた人も見つかると処罰を受けるからだ。

しばらくするとジープが来た。私たちのことが通報されたのだ。私たちはソウルに連れて行かれた。そこから佐世保へ帰ることができた。

神さまは、いつも共にいてくださる。今、私がこうしているのは神さまのおかげです。

と話された。
礼拝前、ほんの10分ほどの間のお話である。びっくりした。平和学習の授業でもお話しして頂きたい内容だが、そんなことより…

懸命に生きられ、今日の日本をつくってくださった世代の方だ。もちろん無名の方で、こんなお話は世間話のように話される程度で、生きて来られたのだろう。「神さまがともにおられる。」という一言に、神さまがおかれた時代・社会を生きるということの深さを教えられた。

私も、神さまはいつもともにおられる、と教えられたい。

2010年10月30日土曜日

どきどき電車

すぐ隣の学校正門近くで、19歳の青年が亡くなる痛ましい事件が起きた。

そのため、急遽、3年生の遠足に駅まで付き添い見守ることになった。
子どもたちは、関係なくお菓子工場見学を楽しみに出発した。班ごとに電車に乗り、目的地に向かう学習だ。
数年前担任をしていたとき、こんなことがあった。

2年生の子たちが同じように班ごとに電車に乗って自分たちで遠足に出かけた。帰りも同じように自分たちで、ということで私は学校の最寄りの駅で待っていた。ところが、予定した時間(電車)になっても1つの班が帰ってこない。結局、電車の進行方向を間違え、逆の電車に乗ったため途中の車内で見知らぬ親切な方に教えてもらい、乗り換えて帰ってきたため遅れたようだ。

待っていた私は遅れて着いた子らがそう報告するのを聞き「だから、行きと帰りは違うで、とあんだけ言ったやろ!」と前歯まで出ていた言葉をひっこめ…どうしたか、隣のクラスの子が書いた作文で説明します。

みんな、おりたら、
「やっと帰れた。」
と言っていました。もう、銀じ郎先生はいないと思ったら、まだ銀じ郎先生はいました。ぼくたちが、のりまちがえたことを話すと、
「ええけいけんをしたな。」
とほめてくれました。
この作文は表彰され、選考者のコメントには「(電車の乗り換えを教えた))親切な人、やさしい先生、みんないろんなところで、ぼくたちをささえてくれているのですね。」だった。

隣の先生がこの作文を出してくれたおかげで、私はどんだけいい先生ということになったでしょう。

意図せず”いい人”にされてしまう調子のよさを笑い、またそのおそろしさを感じた。
だって、その瞬間は、やっと帰れたという子らをなじり倒したかったに…。

「初めて自分で切符を買った~」とつぶやく子のそばにいて、また、思い出した。

2010年10月27日水曜日

役割

今日はルーレットをした。ギャンブルだ。
私はギャンブルが苦手、賭けごとはダメ。そのおもしろさ?を伝えることはできない。でも、こどもとときどきルーレットもする。もちろん、こんなものはギャンブルと言えず、文字通り”子どもの遊び”であるが。
神戸のたいていの小学校が、音楽会に向けてピリピリ具合はピークになろうかという時期に、私はのんびり子どもとルーレットをしている。でも、先生たちに「どうしたらいいでしょうか?」と聞かれれば「そうですね、○△%□・・・」と何かしゃべる。

聞かれている内容に対し直接答えることと同時に、その先生たちに、自分自身について何か気づいてもらえないかと思い、ぐだぐだでも話し合ってみる。
聞いて来られることと、本当に気づくべきことは別だったりする。
発達障害の子について相談される中で、私ももちろん、親も先生も、みんな、いろいろなことを再考している。
結局、自分で気づいたことでなければ生きた行動にはなかなかならない。
その気づきは、つまんない知恵では生まれない。

2010年10月23日土曜日

主にある日々


A男「この試合に負けた方が、彼女をあきらめ身を引くんだ。」
B男「おう、俺がお前を倒して、彼女を幸せにするんだ。」
… ボカボカボカ カ~ン …
A男「俺の勝ちだ、フフフ、約束通り身を引け!」
B男「……」
C子「バカ、あたなたちで勝手に決めて、…B男」
そんな人間模様は全くない写真だ。しゃがんでいる人も名物トレーナーや3人を知る恩師とかではない。

そんな人間模様はないけれど、違う人間模様は濃厚にある。
関わる私は、神さまが私に委ねられた分を丁寧に行う…その一点に集中しなければ、身動きできなくなる。
子どもでも大人(保護者や先生たち)でも、向き合うそのときに「主よ、あなたがどう導こうとされているのか、静かに待たせてください。」と心で求めなければ時間を共有できない。
こういう「主にある日々」に喜びを与えてくださり、本当に感謝する。

2010年10月19日火曜日

ある日の午後



夏もののスリッパが気持ちよさそうに日にあたっている午後、建物の中では熱い女の戦いが繰り広げられた。その後、私はゾンビ役になって撃たれまくり…。
まあ、ゾンビ役で女の子を襲うマネがしゃれととってもらえるうちがセーフ。
ゾンビで襲うマネ、なんて冗談でもできませんし、したくもないです。
秋の午後、ちょっと特別に…。

2010年10月16日土曜日

カラータイマーが

今日は、Y.B.MさんのSIGN写真茶話会とカフェテラスNZのライブ、という濃い?充実の一日だった。
神戸に向かう帰りの電車で、感謝のメールだけでなく、自分のPCへも文章を送った。
それほど、濃い刺激を受けた、ということだ。

SIGN写真茶話会についてはY.B.MさんのBBSに感想を書かせて頂いた。

NZは、マキヌさんの空気がますますいっぱいになっているようで、本当に素敵だった。

一人になってこのうねりがおさまるのを待たねば、とカラータイマーが赤の点滅を始めたような感じだった。

2010年10月13日水曜日

そんなことを言われたって

ムカっとして、イライラがつのり…怒りを爆発させるか…
電車の切り替えのように(とこどもが言ってくれた)”切り替えて”平穏を取り戻すか…

切り替えるために自分なりの方法を見つけよう!と話し合った。
・ゲームのことを考える
・土日のことを楽しみにして考える
・好きな絵を描く
など出し合った後、トランプのダウトをした。

3人でするので、ウソはすぐわかる。「ダウト」と言われカードはすぐ手元に…。
プチムカ、イライラを感じると「こっちよ、こっち」と切り替え平穏コースを指差しながら20分ほどやった。

感情や発想をコントロールするのは容易ではない。
今日は笑ってトランプができても、実際は「そんなことを言われたって…」と言いたくなるだろうな~

次回は「そんなこと言われたって… へこむナ~編」をしよう。

2010年10月9日土曜日

さすが女優

梅佳代さんの写真展「ウメップ」を観てきた。
壁一面に貼られた写真は見ごたえがあった。西光さんがたくさんうつっているのもおもしろかった。
その中に吉高なんとかさんという女優を撮ったものがあった。
雰囲気が全然違って、さすが女優だな、と思った。
個人的には、ちょっとこの女優さんは×なんだけど、他が「撮られた」なら、これは「撮らせた」っぽい感じがした。
写真はおもしろい、と思うようになってきた。
絵日記ならぬ写真日記的な感じもいい。
私の仕事紹介で、パッパッパッと見せられるようにしたい。

2010年10月7日木曜日

おかん

この親子が並んで歩き帰る姿は、つい見てしまう。
親はありがたい、感謝。
息子よ、頑張れ~。

2010年10月4日月曜日

ちょっと帰省

運動会も無事終了。代休をつかって帰省してきた。

私が通った小学校は随分前に廃校になった。木造2階建ての趣のある建物を再利用するあてもなく放置されていたが、何年か前から何かの事務所として活用されている。

建物は使わなければいたみも早い、とか聞くから、使われるようになってとても嬉しい。

温泉に入り、ストレッチをし、本宮ひろしの「男樹」を読み返し、のんびりしてきた。
高校のあたりも歩きたい、と思いながらいつもできない。やっぱり、できたらついでに、ではだめなのかな。

2010年9月27日月曜日

運動会めぐり


私のところへは、約25校くらいの学校から子どもが来ている。全部をまわるのはとうてい無理だけど、毎年、5、6校は運動会を見にまわる。
表現の演技やリレーのバトンパスを見ていると、付け焼刃では、とうていできない子どもの演技に見とれることがある。
先生たちはしんどいけど、この満足感はたまらんだろうな~、といつも思う。
私のところへ来ている子らも、よく頑張っている。
行けなければ申し訳ないので、いつも黙っているが、当日ポンポンと肩をたたき振り返ったとき「あっ、来てくれた。」と嬉しそうな顔をしてくれると、やっぱり嬉しい。私でも励ましになる、と思うと、自分に有用感が与えられる。
今年は、保護者に会えず挨拶できないか…と諦め学校を出かかった2ケースで、保護者にばったり会えた。1つはバイクに乗ろうとヘルメットをかぶりかけたところだった。感謝。
保護者も「来てくれた。」と嬉しそうにしてくれ、ちょっとでも励ましになれたかな…と。
今日は、なかなか好転しないケースの保護者と話し合った。
うまくいかないと、何か解決策を提示できないと…と焦っていたが、策などあわてんでもいい、とも思えるようになった。
一緒に考えてくれる、と励ましになる存在であることが、一番大切なことだ。私は、焦ってはいけない。
auのCMソング「僕らの永遠」がお気に入り。若い子が楽しそうに踊っていると、ちょっと嬉しくなる。
auは土屋アンナでCMしていた「ガンガン 行こうぜ 学生さん」というのも好きだった。
見ている人が元気になるパフォーマンス、励ましを与える存在。
学級担任という立場ではできないけど、私に与えられている立場でそうありたい、と思う。

2010年9月23日木曜日

自主研修「そだちと学びの支援~読み書き指導編」

 午前中,大雨でがなり、しかも雷と竜巻警報まで…。午後に企画した自主研修にきてもらうのに申し訳ないような天気だった。
 幸い、午後には小降りになった。予定通り30名を超える参加者で自主研修ができた。

 「読み書き指導」というテーマが参加しやすかったのか、と思うが、休みの日にたくさん集まって頂き、本当に感謝だった。

 2時間の研修の最後に次回研修テーマを案内した。
 
 次回は1月上旬に「写真活用編」としてY・B・Mさんに講師をして頂く予定だ。
 昨年度、Saltさんにリコーダー講座をしていただいたように、私が本当にやりたい種類の研修だ。

 先日からメールで無茶なお願いをし、無理やり?承諾して頂いた。

 今日の案内では、「写真を見る人が『共感しようとする。』チャンネルを自然に探せるようになれば」というY・B・Mさんのことばを借りて、自分の子どもとやりとりを少し話した。

 冒頭の写真は、前回、箱庭で遊ぶ子どもの写真を掲載したが、その子が何枚か撮った中で、自分が一番気に入った、と話してくれた写真だ。私もこの写真がよいと思った。「先生も、これが好きやね。」と話し、写真立てに入れて持って帰ってもらった。その後、私が撮った写真(ブログのもの見せながら)をこの子に見せると、ちょっと戸惑うような表情だったこと、「照れくさい?」ということばで、その場をおさめたこと、など紹介した。
 
 ことばではなくても、写真で伝え、受け止め、コミュニケーションする心地よさを紹介したい、と話した。
 Y・B・Mさんの要望で教え子さんたちのことは一切出していない。
 それでも、早速、1月も楽しみしています、と声をかけてくださった方が何人もいた。

 数にとらわれてはいけない、が、そこそこ集まってほしいな~。

 何より「共感する」ことを、心にポジティブなものが生まれることを、体験してほしい。

 今日を感謝して、次回を期待して臨もう。
 Y・B・Mさん、無理をきいてくださり、ありがとうございます。

2010年9月20日月曜日

たまには

車のメンテをしなくちゃあ…といってもGSで洗車してもらった後、撥水シートで拭くだけだけど。

私の車はフォードフォーカスC-MX

フォード車だけどドイツ生産の車。フォーカスは一時世界で一番売れた車でした。その車は故障のため、値引きがすごかった後継モデルに乗り換えました。
がっちりした車体にがっつりした走りがあり、お気に入りです。が、燃費の悪いこと。

ハイオクで市街ならリッター7、8くらいかな?

家計にひびき家内がマーチに乗り換えられるかと下取りの見積もりをとると40万くらいだって。
3年目の車検がきて2万Kも走ってない車なのに…いかに不人気ということか^^

家内が「かわいい」と車体の色が緑のものを選び、デザインがいまいちだったので「うげ~しかも緑!」とがっくりしたけど、こうなったらかわいくて…。

大事にしてやろう。ハイオク、高いからあんまし走られないけど。

ああ、でも宝くじがあたったら、2009フォーカスかKugaに乗り換えてしまうかな。
バイクもほしい、パソコンも、一眼レフも … 物欲にまみれて^^

車のメンテなんて、いい休日でした。

2010年9月18日土曜日

おめでとうございます




今日は、教会の姉妹の結婚式。


教員だったお父さんに、私は随分お世話になった。そして、この姉妹に私の娘たちは随分お世話になった。そんなわけで特別の思い入れがあって家族で出席させていただいた。


姉妹の人柄がこぼれ出るよい式だった。

7年前、召されたお父さんに見せたかっただろうな、と思ったのは私だけではないだろう。

「未信者と結婚し、導こうなどとは考えず、信者と結婚しなさい。」というお父さんの遺言には「きついな~」と思ったが、お父さんの言葉を守ってあげたかたちになった。


とくにかく幸せになってほしい。


ブーケキャッチの時、お年頃の娘さんと参列していた知り合いのお父さんが「〇〇さん(娘さん)がとると思うな。」と声をかけられ、石のように固まってしまったのには笑えた。

そんなに串刺しにされて固まらなくても…。


写真は、花嫁を先導した姪っ子さんたち。式途中にカメラをこっそり向けるとしっかり視線をくれた。

みんな、とてもいい顔をしていた。

2010年9月16日木曜日

かぶりましょう、といったって


パンツを「かぶりましょうゲーム」ではありません。
いくらなんでもそんなことはしませんよ。
でも、子どもに「かぶりましょう?パンツでもかぶんのかい!」と言われました。内心「おもろいやないか。」とつっこみながら「いやいや、同じことを考えてかぶりましょう、一緒にして当てましょう、ですよ。」とルール説明しました。
パンツをかぶるか…
そこまで、ぶっとべなかったな~
パンツをかぶっては、職を失う危険があるけど、それくらいのぶっとびを発想できなかったのは残念。
楽しく考えよう!

2010年9月11日土曜日

そこにいたくない、ここにいたい



学校に行きたくない、教室にいたくない

そんなことを私も思ったが、だから休む、教室に入らない、とはならなかった。

そこにいたくない、という気持ちを想像するとき、私は「教会に行きたくなくなった」ときの自分の気持ちを考えると、しっくりきてそういう子らの気持ちを理解する手がかかりを得たように感じる。

そこにある価値観や嗜好の漂い方が、どうにも合わず、その中でズレていく自分で息がつまりそうになる。そこでひたすら我慢する必要はなく、自分なりのペースをしっかり築き、そんな中でも平気でいられる自分ができたら、ゆっくりそんな世界(学校)に付き合えばいいよ、心の中で声をかける。


じゃあ、行きたくなければ休めばいい、と言っているかというとそうではなく「学校は行くもの。休んじゃダメ、行こうね。」とたいがい言っている。行こうが行かまいが、自分をどう育てるかが大事で学校に行ける行けないで、自分以外に何かの責任をとらせようとうとする姿勢には冷たいくらいの対応をすることにしている。


人の支えを得ながらでも自分で立とうとする人と、立つ気がなく甘ったれるだけの人は全然違う。

後者の方には実は何もできない。私は、いつもニヤケ顔なのでなんでも受け入れると思われるのか「知りません」的態度で突き放すと驚かれる。でも、自分の中でそのけじめはつけている。こんな私をダメだと思われる方は、どうぞ他の相談者に行ってください、と。もちろん、主に祈りながら。

自分で優先順位を決めたり比重のかけ方を変えられたりできるので、変なストレスはなくなったが、判断が間違っていないか、それは祈るしかない。


そんなことを考えながら、ケースに伴走できればと思う。

写真は箱庭で遊ぶ様子です。専門的には「箱庭療法」というものがあり、その道の方に見られるとお叱りを受けるかも。私がええ加減にやっているから…。
子どもがしているときは、横で見てながら「へぇ~」と「おもしろい」「これは何なん?」とたまに声をかける程度だった。
今度、来たとき私が撮った写真を、私の声かけとして渡そう。

2010年9月4日土曜日

そだちと学びの支援


Saltさんのリコーダー講座、青葉仁会施設見学、と続けた自主研修「そだちと学びの支援」の第3回目を企画中だ。
今回のテーマは「読み書き指導」
実につまらんテーマ。
つまらんのだけど、必要は十分あり、やることにした。
本当のねらいは、リコーダー講座やY.B.Mさんの写真講座をするための布石を打つ、である。
くいつきやすい研修テーマも入れ、声をかける人を増やそうという魂胆。あざといかな~。
とはいえ、「読み書き」の特に「書き」に苦しんでいる子ともは多い。「書く」に抵抗がある子は3年生以降の学習が必ずしんどくなる。それなりに力があっても学習でその力を発揮できす、自信をなくす。子どもの特性に応じて教材や指導内容をまとめ具体的に提示できるようにしなければ、学校の中で適切な手立てが与えられず、学年が上がるに従って深刻な問題をかかてしまう子が増えるばかりだ。
担任は、手を抜いているのではなく、そこまで手をかけられないのが現状であり、教材と指導内容をまとめ提示することは、まっとうな必要でその努力もまっとうなことと思う。
そういった必要は、さっさと具現化して、本当に味わうべき面白いことを私が企画する自主研修としてできるように、今回は布石を打ちます^^
楽しみにしていた田舎の稲刈りは、猛暑のせいで実りが早く近日中にすませる、と連絡があった。
稲のあの匂いを楽しみにしていたのだけど…仕方ない。写真は我が父です。盆の帰省で撮った。昔から何を考えているのかよくわからない、というか、気にならない。でも、父が元気でよかった、としみじみ思う。10月3日の秋祭りに帰省するかな。
彷徨坊主さん、いかかですか?なんにもない田舎の秋の一日を楽しみませんか?

2010年8月29日日曜日

憂欝でない8月の終わり


担任をしていた頃、8月の終わり、つまり夏休み終了のこの時期は、どうにかなりそうなくらい憂欝になった。
夏休みは先生も休み、と今だに思われている方もいるが、教材準備や研修や作業や…結構、忙しくしている。まとまった休みをとりやすくはあるが、同僚をみていても、民間と同じような休みのとり方の者が多い。それが、いいこととは思わないが。
20年ほど前、はじめて教員の世界に入ったとき、退職間際の老先生が「教師は、バレエや劇や、仕事とは関係ないものに積極的にふれなければいけない、そんな研修をしなくてはいけないのでは。」と言われた。ちょっと話の流れから飛躍していて軽く失笑めいたリアクションがまわりから出た。でも、ほんとうにそうだと思う。
学校外で何をするかで、学校内が変わってくる。
とはいえ、本業で手を抜いては何をしても一緒だが…。
今日は、恒例の職員親睦テニス大会。炎天下の中、半日たっぷり汗をかいた。
会場となった学校の若手は、てきぱきと動き、最後のグランド整備も砂埃まみれでしてくれた。
ありがたい。若手には大変だろうが、やりがいを持ち、意欲的にこの仕事をしてほしい。
帰りは、灘温泉郷のもう一つ「篠原温泉」に行ってみた。
温泉⇒30℃の冷温泉⇒電気風呂 と3回ほど繰り返すとテニスの疲れも楽になった気がした。
通級教室担当になってから、学校の季節行事の負担が減り、まあ、年中、同じペースで仕事はあるが、8月のこの時期の憂欝がなくなり感謝だ。
9月は久しぶりに実家で稲刈りをするつもりだ。

2010年8月24日火曜日

あおはに・ハーブクラブ


23日は職場の人と奈良・青葉仁会の施設見学をさせて頂いた。
神戸から車で行ったので、渋滞などの道路状況で到着時間が不確定になるため、青葉仁会のハーブクラブ(レストラン)で昼食をとることにして、時間調整できるように計画した。すると、青葉仁会のI氏が「ハーブクラブの運営についても説明します。」と到着時間にあわせて説明をしてくださった。その後、木工班、紙すき班、陶芸やさおり織りなどのクラフト班と施設を見学させていただき、丁寧な説明をして頂いた。
お忙しい中、本当にありがたかった。
到着してからの説明で「他のところではなかなか難しかった方が、挨拶がとてもよかったのでハーブクラブにくると、とても評判がよく、他のところではなかった活躍が出ました。ハーブクラブではあわなくても決まった作業をきちっとする木工班などで活躍されることもあります。」とお話してくださった。
確かにハーブクラブから木工、紙すき、クラフトと見学させていただくと、それぞれの方の特性を活かした作業所と感じた。
また、スタッフについても「それぞれが自分の足場を自分でつくる人でなければ難しい(続かない)。」と話された。言われたことをしているだけでなく、自分で自分の仕事をつくり出していく人でなければおられない職場・職責ということなのだろう。働かれている人たちの姿から静かだけど強い気迫を感じた。
私は私の職責をしっかりがんばろう、と励まされた。
座りっぱなしの他の研修で知識も得られたが、働かれている方の姿から受ける迫力を直に浴びなければいけない。私の仕事を見に来られたとしても恥ずかしくないことをできるようにしなければ…。
紹介してくださったSaltさん、説明してくださったI氏、O氏さん他スタッフンの方々、本当にありがとうございました。

2010年8月20日金曜日

脳科学と教育

昨日は大脳生理学者?久保田競先生のお話を聴いた。最近は久保田カヨ子先生の方がTVなどでよく取り上げられているようだが、カヨ子ばあちゃんのご主人だ。

「ワーキングメモリーシステムとミラーニューロンシステムを活用して、前頭前野がよく働くように。」というお話。なるほど、とおもしろかった。
午後は、広島己斐みどり幼稚園の谷口祐司先生のお話。谷口先生も「脳科学と発達障害」がテーマで午前・午後が繋がって面白いお話が聴けた。
また、どあつかましく「パワポのデータをいただけませんか?」「チェックシートのエクセルデータも…」と頂いた。
ちょっと、整理しておきたいほど、よい研修だった。

久しぶりに真面目に聴いたせいか、帰宅すると37.4の熱が…体はだるい痛いで、ぐったりとしてしまった。冷房もやっぱりダメ。

でも、今日の午前の研修はなんとか…と思っている。

2010年8月19日木曜日

研修三昧

今日から3日間、座りっぱなしで研修を受ける。
自分で計画したことだが、ちょっと気力が持つか心配である。冷房に苦手で背中が痛くなってくる。

座りっぱなしでない23日の研修は、Saltさんのお口添えを頂き、奈良青葉仁会の施設見学へ行く。
施設のIさんは、丁寧に対応してくださり、とっても感謝。昼食はハーブクラブで、と考えているので、それも楽しみだ。
そもそもこの見学を思いついたのは、奈良でNZという喫茶店を経営しているMさんのところに行き、そのMさんとスタッフの雰囲気のよさに惹かれたからだ。
Mさんの母体?となった青葉仁会とハーブクラブを見学し、NZに行ってMさんに会う、が研修計画だったが、Mさんは今まさにニュージーランド(NZ)へ行かれており、お店は休業中。Mさんに会う部分は次回となった。

仕事上で助言を頂く精神科医のDr(密かにエロチック師匠とも読んで・呼んでいる)は「この子がどんな20歳になっているか、なってほしいか、をイメージしなさい。」と言われる。そういう視点はとても大事と思う。
しかし、「個別の指導計画」にある長期目標は当面の1年の目標を書く。学期ごとぐらいが短期目標になる。「20歳のとき…」は書くなら「個別の支援計画」に書くのだろう。

ケース会で子どものことを話し合うとき、つい「20歳のときに…」と思って喋ると、当面1年での目標はどうなる?と思っている人と話が合わない。特に「個別の指導計画」で話し合うと、いらっとくるズレが生じることがある。
最近、ようやく「ハイハイ、ここでは当面1年のことだけね。」と割り切れるようになった。

でも、「20歳のときに…」の視点がない人とは、割り切った仕事しかできず、しっくりくる連携や、一緒にやる一体感や達成感はない。

青葉仁会の見学をさせて頂き、その経験を活かせるのは間接的だったり、少し時間がかかったりするかもしれない。でも、「就労や社会参加への支援」についてお話を聞かせて頂くことは、とても大切なことと思う。ガツガツ焦らなくてもよい研修になると期待している。

なんか旗揚げする気はないけど、昨年Saltさんにきてもらってやった自主研修「そだちと学びの支援」第2回に23日の研修をし、私が、いいな、と思う研修をちょいちょいしてみようか、と考えている。

2010年8月16日月曜日

マイノリティに隠された知恵


 夏休みを使って「愛着の形成と自己の確立」というレポートをシコシコとまとめた。
 A4で14ページになったが、「レポート、楽しみにしています。」と社交辞令でも言ってくれた彷徨坊主さんに、嬉しくて渡した。
 私の仕事のことを「トランポリンで遊んで…、おやつを作って…、そんなことが何になるねん。」と批判的に言われる方がいる。
 負けずに気にせず、七輪で餅を焼いたり輪ゴム鉄砲やこまを作ったりしている。一応、書字トレーニングやSSTもするし、小学校の教育課程の説明や子どもの発達段階や発達検査についても、それなりにやっている。
 誰がみても「専門職の仕事」とわかるものと「何の意味があるん?」というものと、まぜまぜだった。正直、七輪や輪ゴム鉄砲で過ごす時間は大切だけど、その大切さを納得させられるように説明す自信がなかった。「なんかわからんが、これははずせない重要なこと。」と思っていた。
 そんな風に「なんかわからんが…」ということが増えてき、いろいろな意味で必要を感じて、今回、文章化・言語化することにした。自宅にこもってただPCに向かうのは、ちょっとめんどいな~と思ったが、ここまでくると、教えられることが多く、とても感謝だった。
 私のところにくる子どもと親は、通常の学校教育では行き詰っている人たちだ。私に何ができるかはそれこそ未知数だが、そういうマイノリティ(少数派)を軽んじられないようになっている。
 効率も悪い。費用対効果という点で考えると、私をこういう職種に就かせやらせるために、大変なお金がかかっているのに、効果らしいものは極めて曖昧だ。しかし、私がこの職種におかれ、神さまから示さ教えられたことは、学校現場にいては気づけない、けれど学校現場には不可欠な視点だと思う。
 マイノリティを費用対効果で捉えないからこそ、明らかにされ、マジョリティによき還元がなされるものだと思う。
 マイノリティの中に、マジョリティの中ではわからないマジョリティにとって重要なことを隠されるのは、神さまの知恵だと思う。
 ごちゃごちゃ書いたが、自分が教えられたことを人さまに還元できているわけではない。今は、ただの独り善がりである。でも、それがどう活かされるかどうかは神さまのご計画にある。私は、自分にゆだねられた場を丁寧に取り組んでいくだけである。
 レポート作成後、Y.B.M氏の写真茶話会に参加し、ここ数カ月モヤモヤしていたものが、ひと段落ついた。とっても感謝。そんなことを反芻しながら、昨日から田舎に帰り、今は限界集落を心配するこの地で育てられたことを、ぼんやり味わってきた。
 レポートは、もうちょっと頑張って続ける。もうちょっと文章化・言語化したい。

2010年8月11日水曜日

MRI

数か月前にジムでレッグプレスをしていたら、後頭部がズキ!っと痛み、それからぐっと力を入れると後頭部が痛むことがあった。総とLDLのコレステロール値も高く、脳梗塞は嫌!…と思い、休みを利用して脳外科に行った。

脳ドックを受けると安くて3万、高いと倍どころか…。
保険がきいてMRIを受けられるので8千円弱ですんだ。
結果「きれいな脳です、どこも異常ありません。首や肩の凝りから力が入ると神経痛のように痛むことがありますが、それではないかと考えられます。」とさっくり言われた。

頭を横縦にスライスした画像が、さささと出てき、血管も頭がぐるぐるまわっていろいろな角度から見られるようになっていた。時実利彦大先生の本などにある脳の絵そのものや!、とプチ感激し、思い切って「この画像を印刷していただけませんか?」と聞いたら「印刷は無理ですが、データをCDにおとしてお渡しします。」「いくらですか?」「あまり言わないでください、ただです。」

ということで自宅のPCで自分の脳の画像を見ている。
8千円弱は安いといえば安いが、高いといえば高い。でも、このCDをもらえたことで、めっちゃお得感があった。もちろん「きれいな脳です。」も安心したが。

6月には腰痛と右足に力が入らないので腰をMRIでみてもらった。これも異常なし。
別に、病気探しをしているわけではないが、ドックも行ったし、最近体のメンテナンスをよくした。
痛まない内に歯科にも行っておきたいのだが。

健診の結果、私に必要なのは、日々の節制…油脂を避ける、こまめなストレッチ、となった。
これも特別なことをするより、普通のことを味わうべし、ということか。

2010年8月8日日曜日

虐待、というけれど


大阪で2幼児遺棄の虐待事件が報道に取り上げられている。

ちょっと気にして新聞や報道、ネットを調べるだけで、それなりの情報が得られる。


私たちの仕事は直接は子どもへの支援である。しかし、その延長に保護者への支援もある。しかし、保護者支援を直接するのは、学校教育ではちょっとおかしくなる原因の一つだ。ただ、保護者支援、とはよく言う。先日の研修では、子どもの相談を受けたが、その○○は39歳、ということだった。○○は母親ではなく祖母、おばあちゃんが39歳。十分、あり得るケースで、「そうなると3世代支援が必要である。」と話されていた。3世代までの親子関係を情報として得る、というのはケースを支援する者の鉄則?ではあるが、あくまで情報収集であって支援対象は2世代、と思っていた。


現在は、確かに3世代支援の時代である。


大阪の事件では、父親とその娘である事件を起こした母親の関係にも手を差し伸べられるべき課題があったようだ。そんな支援されるべき家族の関係が、見捨てられ痛ましい結果になるのは、やはり残念だ。


虐待について、もう一つ。


兵庫県三木市のある学校で虐待の通報をした。通報をされた父親が市会議員を連れて学校に来、「だれが通報としたのか」と校長に詰め寄った。あろうことか校長が「養護教諭(保健室の先生)です。」と答え、父親による養護教諭へのいやがらせが始まった。結果、休職した養護教諭は、その後、自殺された。現在、遺族が三木市を相手に訴えておられる。

誰より校長に対して強い憤りを感じる。

この事件についてはネットでも詳しく出ている。


明確な虐待でなくても、親子関係のいびつさから親子ともども苦しむ姿は、日常にあふれている。

虐待事例のほとんどで、虐待を受けた者が親になり我が子に虐待を繰り返す、ということがある。


親が、自分の親(魂の監督者)をどう抱くか、は重要なことである。

それは、もちろん私自身の問題でもある。

2010年8月7日土曜日

終戦記念日が近づき

昨日は暑かった、ようだ。ほぼ一日中建物の中で研修に参加しており、エアコンの冷気で夕方外に出たとき、ほっとするくらいだった。

私は、戦争の「せ」の字も知らない世代だ。

3年の国語の教科書に「ちいちゃんのかげおくり」という物語がある。
空襲で燃える町を、必死で逃げるうちに母子が離れ離れになってしまい…、その悲惨さ、必死さを考えず、アクション映画のワクワクシーンのように読む子のことを苛立って「そのたいへんさがわかってない。」と職員室で話した。20年ほど前のことだが、そのとき退職間際の先輩教師が「あなたも知らないでしょう。私は母と、まさにあのシーンを通った。」と話された。
軽々しく話した自分が恥ずかしかった。

ヒロシマ、沖縄、神戸空襲、…アジアでの惨状、シベリアでの抑留…数々の悲劇というような言葉ではすまされない時代を生きてくださった方々の後に、今、生かされている。

それは違うのだけど、ある意味、起こり得ないと分かっているだけれど、日本が、よくなってほしい。

2010年8月1日日曜日

いなくなるから取り入れられる


北山修を取り上げた「最後の授業」というNHK教育の番組を観た。録画していたので4話を一気に観た。
「帰ってきたヨッパライ」で一躍時代の寵児になった氏だが、1年ちょっとでマスコミから姿を隠し、その後は精神科医として活躍された。
家族や友人に聴いてもらおうと300枚だけ作ったレコード(帰ってきたヨッパライ)が、自分の手元を離れ、独り歩きしていったこと。自分が曲を作るときは、この人に、と極めてパーソナルなものとして作っていたのに、そのパーソナルを変えてしまうTVなどマスコミについて。パーソナルな世界を生きる精神科医、こっちのほうが絶対面白い、だからマスコミで生きることを辞めた、など前半2話で語られた。
後半2話は、精神科医として、セラピストとして、の内容になっていったが、母子の愛着関係など学んでいる私にも興味深い内容で、しかも平易なことばで解説されており、よかった。
4話の最後は九大での最後の講義での言葉
「いなくなるから取り入れられる、いなくなるのも教師の仕事です。私はこれで去ります。」
だった。
ああ、とじ~んときた。
愛着者のイメージが内に住む、内在化することが、愛着関係には重要である。
北山氏の言葉でいうなら、いなくなるからこそ愛着者のイメージを取り入れられる、内在化できる、ということである。まさに、その通り。いつもいつもお母さんがそばにいては、見えないものをイメージとして内に育てる訓練を必要としない。いないからこそ、見えないからこそ、内にイメージを育てるのだ。
主は「しかし、わたしは真実を言います。わたしが去って行くことは、あなたがたにとって益なのです。」(ヨハネ16:7)と言われ、御霊によって私の内に住まわれる主キリスト・イエスについて話された。
主の真実を強く感じた。
私の仕事は、終わると成功、といったものである。
何がしかの困難や問題があり相談に来られるので、その困難や問題が一応の解決すると、私のところを去って行かれる。だから、単純に言えば、終わるということは解決・成功で、続くと未解決、ということになる。
あくまで家族との関係や担任など学校との関係を支える”縁の下の力持ち””黒子”と理解していたが、もう一つ自分の立ち位置がすっきりしないことがあった。
しかし、「いなくなるから取り入れられる」という言葉はぴったりくる。
家族や担任など教師とは、ちょっと違う価値観で、違う角度から、子どもに向き合える私を、子どもがうまく取り入れて自分で歩き出すことを願うのである。私が発するものを子どもが上手く取り入れるには「いなくなるから取り入れられる」のだ。まさに「終わるのも、やめるのも、私の仕事」である。
一つ一つのケース、相談には、到底私などが抱えられない問題がある。
ある同僚が「神戸市の半分の子どもたちをみる責任が私にはある。」と言うのを聞いて内心「バカじゃなかろうか。」と思った。どうして人のことを抱えられるのか。
割りきらなければできないものがある、と思ってはいたが、この夏、ゆっくり主に問いたいと思っていた。一つ一つは偶然ではなく、主によって出会うこととなった方である。主の取り扱いと思いを教えられたいと思った。そうすることで「割り切る」という自己流の方法ではなく、もっと自由な方法で仕事に向かえると思っている。
人の評価や目先のこと、時代や社会の流行、そういったものとは違うスタンスで私が仕事をすることは、今の私に、主がゆだねてくださったこと、と思っている。
約束と勝利はゆるがない、でも、一つ一つ教えられ、主の安息に導かれるには、主に問い、主を信じて歩まなければならない、ように思う。

2010年7月25日日曜日

ちょっと後悔


先日、天然温泉が出る別の銭湯に行った。

浴槽のあるところを入ると、イレズミの方がパッと目に入った。
銭湯でイレズミのある方に会うのは、別に珍しくないので、ああいらっしゃるのか…と思うのだが、この日はちょっと違った。

1人、2人ではなく、4、5人。しかも、両手で壁に手をついて立っている人のイレズミの背中を、これまたイレズミのある方が2人がかりで流していた。他にもカラータイマーがつくあたりにひし形のイレズミがある若い衆、また、新しく入ってきたイレズミさんは先に入っているイレズミさんをみて膝をついて「おはようございます」と挨拶…あっという間に10人ほどイレズミさんが浴槽に入っていたりサウナにいたり、という状況になった。

30人弱の人のなかに10人ほどイレズミさんで、こんなところで一般人に手を出すことはない、とわかりつつビビリまくりブーだった。ここの銭湯の常連さんは慣れっこなのかな~?みんな知らん顔して湯船につかっていた。でも、なんとなく知らん顔もしらじらしい気がして…。

撮れっこないけど、この風景を写真にできたら味があったろうな~。

学校の水泳指導中でもいいショットがあったのに、デジカメをもっていず、残念。

この写真は、なんといってもこの字にひかれて撮った。一つ一つの字の特徴もさることながら、割ときれいな位置取りで3行書かれているのに文末になるに従って小さくなっていたり、前を歩くたびに気になっていた。
撮れずにちょっと後悔したことが続いたので、取り払われる前に撮りに行った。

神さまは、いろいろ楽しませてくださっている。
暑くてのぼせそうな毎日だが、この暑さだからこそ味わえる恵みや楽しさ、面白さを地味に味わおう。