2011年5月7日土曜日

かかわり…具体的で個別的な特殊性



昨日は、連休の谷間ながら学校徘徊を入れず通常業務にした。3人の子どもと4人の保護者に会った。5時過ぎに終わると、「やっと終わった~」と思わず言ってしまった。これを”通常業務”というのも変だが、一つ一つのケース(子ども、保護者、そして、かかわる先生たち)に向き合うのが私の”通常業務”、つまり、中心にある、核となる、ものである。学校をまわってペラペラしゃべるのは、この一つ一つのケースに向き合う”通常業務”があるから派生するものであって、ペラペラしゃべるのが”通常業務”には成り得ない。


「かかわり」こそが意味があることで大切なことなのだ。


「具体的で個別的な特殊性から普遍性が生まれる。はじめから普遍性を求めたりねらったりしては何も生まれない。」とはリコーダー講座でSaltさんが語られたこと。直接は哲学や芸術に関することばのようだが、私は、自分の仕事の在り方として肝に銘じるつもりで聴いた。

私は「具体的で個別的な特殊性」をしっかり求め追う、つまり、一つ一つのケースに向き合い、生々しいかかわりを築くことが第一とされることである。その私の「具体的で個別的な特殊性」にこそ、他の人の参考になる普遍性が生まれてくるのだろう。他の人の役に立ちそうなことを考え出して話を作っては、チョー胡散臭いものにしかならない。うまく話せば話すほど臭い。


だから、「かかわり」こそに意味がある。第一とし、しっかり見つめるべき”場”として私に与えられたものだ。


落ちていた長靴、それをわかるように誰かが置いたような風景、予想もつかないワールドをもつ女の子の箱庭、咲き誇り、見つめていると変に落ち着かなくなる花々、…与えられた仕事から、こんな「具体的で個別的な特殊性」を大事にし、ぼつぼつ淡々とやっていきたい。

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