「かかわり」こそが意味があることで大切なことなのだ。
「具体的で個別的な特殊性から普遍性が生まれる。はじめから普遍性を求めたりねらったりしては何も生まれない。」とはリコーダー講座でSaltさんが語られたこと。直接は哲学や芸術に関することばのようだが、私は、自分の仕事の在り方として肝に銘じるつもりで聴いた。
私は「具体的で個別的な特殊性」をしっかり求め追う、つまり、一つ一つのケースに向き合い、生々しいかかわりを築くことが第一とされることである。その私の「具体的で個別的な特殊性」にこそ、他の人の参考になる普遍性が生まれてくるのだろう。他の人の役に立ちそうなことを考え出して話を作っては、チョー胡散臭いものにしかならない。うまく話せば話すほど臭い。
私は「具体的で個別的な特殊性」をしっかり求め追う、つまり、一つ一つのケースに向き合い、生々しいかかわりを築くことが第一とされることである。その私の「具体的で個別的な特殊性」にこそ、他の人の参考になる普遍性が生まれてくるのだろう。他の人の役に立ちそうなことを考え出して話を作っては、チョー胡散臭いものにしかならない。うまく話せば話すほど臭い。
だから、「かかわり」こそに意味がある。第一とし、しっかり見つめるべき”場”として私に与えられたものだ。
落ちていた長靴、それをわかるように誰かが置いたような風景、予想もつかないワールドをもつ女の子の箱庭、咲き誇り、見つめていると変に落ち着かなくなる花々、…与えられた仕事から、こんな「具体的で個別的な特殊性」を大事にし、ぼつぼつ淡々とやっていきたい。
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