
昨日は、認知行動療法の立場から子どものうつの予防と対応についての公開講座へ行った。
古典的?な森田療法からもお話があり、それはそれで面白かった。
「子どもの自発性を育てるのには"遊びと体験"が大切」だそうな…。
他にも「健康な生活をすれば、心も健康になる。」「教師は”得意さがしと勇気づけ”が肝心。」など、ごもっともごもっともと思うことが丁寧に話された。
学会とかになると、我がところが一番で他はあかん調で進められ、辟易することが多い。
ある研修で、「きゅうり」とか「ラッパ」などの特殊音節の表記ができない中3の子を3ヶ月の指導で改善した(習得させた)大学の先生が「学校の先生方は9年間何をしておられたんですか。」と言われた。
カチンときた私は
「特別支援教育の専門であるあなたのような立場の方が、学校の教師の仕事をそんなふうな言い方で言い放つから特別支援教育は浸透しないのだ。分かったつもりでいないで、3ヶ月で習得させる指導を9年間持ち込めなかった学校現場を見つめ直し再考してださい。それは専門家であるあなた自身の力不足とも関係しているでしょう。特殊音節の表記の指導はできなくても、学校がその子に体験させたものの価値や量を軽く扱わないでもらいたい、専門家の学校教育をなめた発言が、どれほど混乱をもたらしているか自覚してわきまえてほしい。」
と満場の会場で発言したら、…そうです、カチンときただけでその時何も言えなかった私は忘れられず、何にカチンときたのか、何年も繰り返し考えていました。
学校現場の我々は、よいと思われるものを子どもに合わせ取り入れればよい、所詮、方法論であり、本質的なことは子どもが育つであって、学会や主義や理論の正当性や優位性を示すことではない。
公開講座の前に西宮市立の小学校の図工展を見学に行った。入口の階段から展示され体育館はどえらいことになっていた。BGMも流れ、浅田さんや梅佳代さんの写真展のような○○パーク的な楽しさだった。
ついつい一つ一つの作品にある子どもの様子に夢中になってデジカメで撮りまくった。
もっと図工展としての全体に私的に浸りたかったが、時間がなく出なければならなかった。
帰宅して写真を見ると、おしいことをしたな~と。
図工専科個人の思いや力のすごさだけでなく、これだけのものを協力する職員の力量にも感嘆する。
公立学校教育は、まだまだ底力がある。