Saltさんの長女が発した名言「学校徘徊」の一つで八尾市まで徘徊の足をのばしてみた。
直接的には、2年生のあるクラスの男児について話し合うためだったが、クラスの他の子の絵も見せて頂き、そのクラスの中にいるその子について話し合わせて頂いた。上の絵は、私の学校の2年生の絵で、昨日のクラスの子とは関係ない。
たいしたお話もできず、申し訳なかったな~と思いながら…、私は子どもについては勿論、その学校や担任の先生に関する事前情報がないところで子どもの絵や字からだけで読み取れるものは、どんなものか、体験できよかった。
担任として、毎日向き合っていると当たり前でいちいち意識などしていられないだろうけど、一歩引いた視点で見ると、当たり前だが、子ども一人ひとりは実に多様なものを抱えている。見え過ぎると「見えすぎちゃって困るの~♪」とばかりに、担任として授業をし、学校生活を子どもらに送られるのはしんど過ぎる。見抜くべきだけど、見抜いてもぼやっと過ごせなければやっていけないだろう。何気ない日常でちょっと声をかけ手をかけるタイミングが的確になったり、何かあったとき、「なんでや」とうろたえず、さもありなん、と支援できる思慮を日頃から持ったりするお役にたてれば、私の立場ではいいのだけれど。
冒頭の2枚の絵は、なかなかの迫力である。
お話の絵を描く授業で、化け猫を描いているので、気持ち悪かったり怖かったりしていいのだけれど、ちょっと違う怖さや不気味さを感じる。
上の絵の子は、構図や形のとりかたも上手く、知的にも十分あるのだろう。でも、この激しさはどこからきているのか、どんなふうに育つか、とっても楽しみ。このエネルギーを吐き出させてあげたい。
下の絵の子は、上の子に比べれば知的にやや低い。化け猫の表情(目と口)とその配色(青と紫のムラのあるコントラスト)になんとも言えない恐怖?不安?を感じる。胴体の汚い配色の重ね塗りも否定的で気になる。勝手な想像だけど、彼はそんなストレス源と向き合っているのだろうか?それは彼の外にあるのか内にあるのか…できる見守りや声かけをしたい。
子どもの絵には投影がある。
見えるもの、それだけでそれ以上やそれ以外のものはない。それ以上のものやそれ以外のものは、見る私が勝手に思い描くものだ。はずれていればチーンで勝手な決め付けでゴメンナサイ、近いものがあってもそれをどう活かせるかが問題である。そもそもこんなことを何のためにするのか、その動機は厳しく問われるべきだ。動機が問われずして活かされるものは何もない、いや、害はある。
上の2枚の子にしても、学校生活は平穏にしているなら、あれこれ子どもを触るべきではないと思う。特に下の子を「ストレスはないか?」とばかりに問い質すと、ぜったいよくない。先生のまなざしが変わることが何よりの支援ではないか。でなければ、私の情報も私自身も害にしかならない。
数を見れば見るほど、ハウツウは身に付いてくる。でも、動機は身に付かない。自分が問われ続けることでしか、動機は示されない。
子どもの絵⇒その子自身⇒見つめる自分、となるけど、冬休みは、もう一校の学校の絵をじっくり見てみる。こういうふうに自分の仕事が整理されるのに、いろいろな人の影響があった、数人の顔がすぐに浮かぶでしょ^^
彷徨坊主さん
チーズケーキ、めっちゃ、おいしかったです。食いしん坊の下の娘がすぐ「一人3個ずつやね。」と^^
そう言っといて4個ぐらい食べるのですが…。
ケーキだけでなく「こいつ、ちゃんと言いよんのか。」と^^気を遣わせてスミマセン。
ケーキはいいです、KARAか少女時代にしてもらって意外と近いので、またチャンスをください。
昨日は本当におおきにです。今朝も校長と話し、もっと学校全体の取り組みにしていかなあかんと言われた。できれば、来年度は授業研究等にも参加してもらって、授業中における支援の在り方(特にグレーゾーンと思われる子どもら)について継続して見て欲しいと。
返信削除僕も本当にそう思いました。
でも何より子どもたちを見る眼差しを若い世代にも伝えていきたいと思います。
今度は八尾一番美味しいトンカツ屋さんにご招待しますんで。
ぜひぜひお呼びくだされば、なにより私の学びになります、いかせて頂きます。
返信削除昨日のかわいい先生にも、発達障害の特性について丁寧にお話すればよかったな~と反省しました。
今日は夕方雷の鳴る中、神戸の通級教室について数名の有志で話し合いました。仲間内だけで通じる話にならないよう、気をつけなければ。
とんかつは嬉しいけど、KARAか少女時代も…しつこいですね^^