2010年1月9日土曜日

七輪


 子どもの頃、七輪に練炭が入れられ鍋が置かれていたり餅が焼かれたり…、私の手伝いは風呂焚きだったり…そう、かなりの田舎で私は育ち、火を使うことは当たり前で日常的でした。何かを燃やしてみたい、と火遊びする気など全く無縁で、日常的に火遊びが認められていたようなものでした。鉈とか鎌とかの刃物も使わせてもらえ、今考えると、よくけがをしなかったな、と思います。
 学校では石油ストーブに習字で使う文鎮を2本載せ給食のパンを置いて温めて食べていました。これは、子どもの発案でなく先生がそうして食べよう、と言い出したことです。この先生は、焼き芋屋さんが、ピーと音を立ててくると、私に千円札を持たせ買いに行かせました。給食のメニューに焼き芋が追加です。あちこちでよく話をするのですが、「もうちょっと書くか。」と習字が2時間連続になったり、算数がなくなって外で遊んでいたり…春と秋には写生大会で日がな一日絵を描いていたり、と。
 たいした運動会練習もなく、音楽会は全くなく、そんな小・中学校を送っても、それなりの大人になっています。つくづく、必要なこと大切なことはなんだろう、と思うとがあります。
 この写真は、私の仕事の一場面です。
 3年生の社会「昔のくらし」で七輪でも餅焼きをしたことをヒントに、通級指導教室でもやっています。炭火で餅だけでなくマショマロや甘口するめの一夜干し(めっちゃうまいです)を焼いて食べたりもします。

「どんな(教育的)ねらいですか。」と尋ねる人や「(学校で)何してんねん」と声をかける人や…。
そんな人らに内心は、バッカじゃなかろうか、と思いつつ、笑顔で「楽しいですよ。」「餅、焼いてます。」と答えています。
ソーシャルスキルトレーニング、書字コントロール、言語理解や聴覚・視覚認知、全て大事で、私もその課題をしてもいますし、軽んじる気は全くありませんが、私のところは楽しくなければ、無駄、と思います。
たこ焼きホットケーキ ⇒ はずれはだぁ~れ?!
らっきょinゼリー ⇒ 大当たりくじ引き大会
その他にも、五平餅、茶碗蒸し、わらび餅、白玉団子、などなどいろいろ作ったし、松ぼっくりのクリスマスツリーや木工もやった。リコーダーを一緒にした子、キャッチボールとバッティング練習に終始した子もいました。
今年も、新しいことにチャレンジし、私がまず楽しむ、くらいの気構えで、どんどんやっていくつもりです^^

7 件のコメント:

  1. 学校は行事が多すぎますね。よっぽど日常がつまらんのでしょうか。私は何にもないのが好きです。

    運動会も音楽会も私は嫌いです。本当に必要なのは、連続する「今」がオモロイことです。

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  2. 同僚と、どんどん言葉が通じなくなる感じがします。
    仕方がない部分と、つながっておかなければという部分と…
    まあ、そんなことはあまり気にせずやります。

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  3. よくご承知のように、学校における予定調和の因数的単語を羅列してれば会話は成り立つのですが、そういうことに苦痛を感じるは健やかな証拠です。

    子どもは健やか部分をまだまだ残していますから、彼らが本当に好きなのは、学校が押しつけることじゃありません。ここに救いがあるわけで、子どもとそういう世界を作ってしまえば、逆にしょーもない人たちを寂しい気分にしてやることは出来ます。

    さらに、オモロイことを気にせずどんどんやりましょう。

    七輪は偉大な文化です。いろんなもん、焼いてください。

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  4.  先日の彷徨坊主さんとの早朝デートで、salt氏が管理職試験を受けたら、それっぽい言葉を的確に操って合格やな、と笑って話しました。「学校における予定調和の因数的単語を羅列」っていうやつでしょう。

     みんな悪気はないし、ものすごく一生懸命だし、そうやっている内に気づけなくなるんでしょうね。
     寂しい気分や、得体の知れない苛立ちから、こっちを攻撃してくるな~、と思うことはあります。そういうのに勝とうとは全く思わないけど、負けない、ガチンコは望まないけど、しつこいのには、キッパリと態度を示す、を心がけます。

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  5. その通り。みんな「良かれ」と思っての熱心と善意に溢れてるんですよ。これが・・・

    これが押しつけがましく迷惑千万なんだな。

    私は基本的に一所懸命とか熱意などの、自己憐憫的なものは警戒します。

    的を射たものであるかどうか、それは動機とスタンスで決まるのだと思っています。

    そうテキトーにかわしつつ、それでもしつこくつきまとってくれば、あっさり、キッパリ。これですね。

    こっちのお楽しみに巻き込んであげられたらいいんですが・・・

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  6. 現場がそうならない、なりにくのは、「不安」が大きい気がします。寄る辺のない人間には、時には「何もしないことが最善である」ということは理解しにくいのかもしれません。
    子ども以上に大人が「周りと一緒じゃないと不安症候群」に毒されているのでしょう。

    先ほどNHKで東大阪市の成人式の様子が放送されました。新成人代表の井山君の宣誓は、彼の行き方を考えるとどの成人より意味深い気がしました。
    (ちなみにお母さんは保健の先生で、一緒に仕事をしたことがありとっても素晴らしい方です。)

    自分は自分 当たり前が今年のモットーかな。

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  7. 私もたまたまそのニュース、NHKでは、見ました。
    私は成人式にも出ず…あの頃は、ほんまダメですね^^
    しかし、あのダメな時代があったからこそ、の部分も大きく。
    まあ、もう、自分の中ではすっかり整理がついた時代です。
    数年前から自然とそう思えるようになりました。

    自分は自分、当たり前、で私も一歩一歩です。

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