写真のようなガスストーブはやけどの危険で学校では減ってきた。ガスファンヒーターに取り換えられている。置いてあっても教室では網の柵をまわりに置き、近づきすぎないようにしている。餅を焼くためストーブのそばにいると、その熱さがよくわかる。ストーブ自体を触ろうとは思わないし、餅が焦げないように気にしつつ膨れる様をじっと見ていると、その周りでバタバタ走り回る気もしない。神経質な5年女子が醤油を付けた餅をきれいとは言いにくいカーペットの床に落とした。3秒ルールでセーフ、という洒落も通じないか、と口ごもっていたら本人が「大丈夫」と再びガスストーブに置いた。醤油の香ばしい匂いと膨らむお餅の様は、かくも大らかにさせるバカバカしい幸せ感をもたらす。
餅に意識はいくが、それをもたらすガスストーブのなんという存在感。
今朝の礼拝では、某大学の先生が趣味の骨董品の中から”蓄音機”を出してきた。この蓄音機は4色にカラーバリエーションがあるらしいが、4色ともお持ちだそうだ。聞かせてくれたのは、電源を使わず、集音機の前で歌ったものをロウに刻み記録したものだそうだ。ルイ・アームストロングのレコードも聴かせてくれたが、それはマイクに向かって歌ったもので、電源なしの録音を竹針で再生し聴かせてもらうと、またなんとも言えない味わいだった。
その音色に打たれるが、蓄音機のなんという存在感。
最後は、新長田にできた鉄人28号。このわかりやすさにびっくり。通勤の乗り換え駅で、その付近を歩くことはあまりしていなかった。ぶらぶら探索しなくては、ディスカバー神戸、である。
鉄人28号を見上げるが、長田のなんという存在感。
私というものはどのようにあろうと、私にある主の存在感を味わいたい。人さまに分かるように、の前に、まず自分がそんことを知りたい。
ちなみに餅焼きの教育的ねらいは「共同注視とともに五感で感じ分かち合う共有感から心理的安定と対人関係の形成をねらう」「ガスストーブは熱くて危険、でも、チョー便利と知る。」である、と説明しても「そのねらいはなんですか。」なんてつまんない質問をする同業者にはわからんだろうな…。
確かに「もの」として存在感のある道具がどんどん減って来ましたね。これは非常に残念なことです。
返信削除黒い電話とケータイ。かまどと炊飯器を比べただけでも、便利さと引き替えに失ったものの大きさを思います。
「存在感のある教師になりたいなあ」と思いつつ、けっこう影のSaltですが・・・・
素晴らしいです。
返信削除特に餅の写真が好きですね。
一度教室を出てかおりも楽しむ感覚は人として大事ですね。
手軽に食べてしまう昨今ですが、食べることは生きる事。
全く危険でないものは、毒にも薬にもなりませんから。
Saltさん
返信削除「技術は進歩したが、感性は退化した。」と蓄音機の音を初めて聴いた学生が言ったそうです。Saltさん宅で聴かせてもらったレコードの松田聖子はすごかったです。いつかレコードのステレオセットが欲しい、と思っています。
よく言われる身体感覚や五感はとっても大切ですね。
電気屋さん
返信削除戸隠のスケールには遠く及びませんが、身体感覚や五感といったものを味わい、自分の中でそれを統合していくことは、とても大切な学びですね。
餅を食べたことがない、という子もいるんですよ。「食べたことがない。」というので「ああ、そう、食べてごらん。」と受け流しながら食べさせましたが、焦げたところは苦いのか、口から出していました。感覚過敏と配慮していますが、そういう子に戸隠の月の雪景色を歩かせたいです。