神戸に震災があったとき、上の娘はあと数日で3歳、下は妻のお腹におり、その年の6月に生まれた。
震災から何年たった、と振り返ることは、娘らの成長を振り返ることでもある。
みんな、一歩一歩、誰に見られずとも懸命歩んできたんではないだろうか。
「優しい春の光のような希望を胸に」と歌う”春の光”は、2月の陽ざしを思い浮かべる。
まだ寒く、冬ではあるが、陽ざしに”春"の輝きを思い浮かべさせてくれる。目に見える現状の中で、見えないものを教えられる、それは深い慰めと思う。
「神戸」に置かれている意味は、きっとあると思います。アモス書の冒頭を見れば、彼の預言が、ユダはウジヤ王、イスラエルはヤロブアム王の治世にあったこと、そして「地震」の2年前という時期であったことが書かれています。
そうですね。神戸に置かれ、ここで生活して感じることや教えられることは、大切なものと思います。大事に扱わなければ…。
「神戸」に置かれている意味は、きっとあると思います。
返信削除アモス書の冒頭を見れば、彼の預言が、ユダはウジヤ王、イスラエルはヤロブアム王の治世にあったこと、そして「地震」の2年前という時期であったことが書かれています。
そうですね。神戸に置かれ、ここで生活して感じることや教えられることは、大切なものと思います。大事に扱わなければ…。
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