2010年8月8日日曜日

虐待、というけれど


大阪で2幼児遺棄の虐待事件が報道に取り上げられている。

ちょっと気にして新聞や報道、ネットを調べるだけで、それなりの情報が得られる。


私たちの仕事は直接は子どもへの支援である。しかし、その延長に保護者への支援もある。しかし、保護者支援を直接するのは、学校教育ではちょっとおかしくなる原因の一つだ。ただ、保護者支援、とはよく言う。先日の研修では、子どもの相談を受けたが、その○○は39歳、ということだった。○○は母親ではなく祖母、おばあちゃんが39歳。十分、あり得るケースで、「そうなると3世代支援が必要である。」と話されていた。3世代までの親子関係を情報として得る、というのはケースを支援する者の鉄則?ではあるが、あくまで情報収集であって支援対象は2世代、と思っていた。


現在は、確かに3世代支援の時代である。


大阪の事件では、父親とその娘である事件を起こした母親の関係にも手を差し伸べられるべき課題があったようだ。そんな支援されるべき家族の関係が、見捨てられ痛ましい結果になるのは、やはり残念だ。


虐待について、もう一つ。


兵庫県三木市のある学校で虐待の通報をした。通報をされた父親が市会議員を連れて学校に来、「だれが通報としたのか」と校長に詰め寄った。あろうことか校長が「養護教諭(保健室の先生)です。」と答え、父親による養護教諭へのいやがらせが始まった。結果、休職した養護教諭は、その後、自殺された。現在、遺族が三木市を相手に訴えておられる。

誰より校長に対して強い憤りを感じる。

この事件についてはネットでも詳しく出ている。


明確な虐待でなくても、親子関係のいびつさから親子ともども苦しむ姿は、日常にあふれている。

虐待事例のほとんどで、虐待を受けた者が親になり我が子に虐待を繰り返す、ということがある。


親が、自分の親(魂の監督者)をどう抱くか、は重要なことである。

それは、もちろん私自身の問題でもある。

3 件のコメント:

  1. 毎朝「おはボン」が流れている学校は、日本一、被虐待児率の高い学校です。

    個々の子どもたちの暮らしの背景にはすさまじいものがあります。

    関わるには想像を絶する根性と忍耐がいります。正直、自分から関わりにいきたいとは思いません。

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  2. これもNHK教育ですが、虐待を受けた子どもを施設へ入所させ、治療と教育をするところを特集でしていました。

    たった一人の子どもに、とてつもない労力を注いでいきます。
    そうやってもよくなるかどうかは…。

    学校の先生がその子らをよくしよう、というのは、盲腸や骨折した子を、授業で行事で学級経営で治そう、としているようなものだと思います。「自分で治そうとせず、すぐ入院させるでしょう、それくらいの子を自分でよくしようとしてできますか?」と私は言っています。
    だからといって何をしても無駄、とは言いません。
    熱意だ、愛情だ、とそんなもので盲腸も骨折も、小児ガンさえも治せるかのように言う人と、ちょっとバランスをとりたくなるからです。

    私も自分から関わりたいとは思いません。そういったケースに向き合うのは、縁があるなら、主が導かれるから、としか説明がつきません。

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  3. 虐待を受けた子どもを情熱一筋で「何でわからんねん!」とどついてしまった先生がおられました。気持ちはわかるんですが、もちろん、それではどうにもならんわけで。その後は、とんでもない展開が待っていました。

    人間はしかるべきときに愛着関係を持った経験の積み重ねでしか、人格を形成出来ないのだから、しかるべきときを逃した子どもたちをフォローするのは大変なことです。

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