「愛情というのは、介入しないことか…」です。介入せずに保護して、その相手の中に「なにか」が育つのを待つというのが愛情か―と思いました。あまりにも素っ気ない結論ですが、それが一番私を安心させ、納得させる結論でした。
『人はなぜ「美しい」がわかるのか』橋本治 より
私は、情緒障害通級指導教室に務めている。言語に関する通級教室に比べると全国的に数は少ない。情緒障害の専門機関だから心因的・心理的なことについて専門的でないと、「ダメ」と思う人もいる。
来年度は、バウムテストや家族構成画など描画に関する研修を持つ。先日も「ここは、ロールシャッハができる人がいないでしょう。」とバウムテストも家族構成画もようわからん私にいう人がいた。
バウムテストも家族構成画もロールシャッハもできるというあなたが、私より共感的に子どもとかかわれますか?と言ってやればよかったけど、言えず、知らん顔して聞き流すのが精一杯だった。ああ、くやしい^^ できないよりできた方がいいかもしれない、勉強しないより勉強すべきです。でも、それが子どもや保護者とのかかわりにおいて埋められないものの代わりにはならない。子どもとのかかわりを深め豊かにするものならよし。子どもとの溝、つまり埋められないものをそんな専門用語の知識で埋めても、誰も幸せにできない。
この種のテストには、なんとも言えない毒が含まれていて、その毒を有効に変えられれば効用もあるが、毒の効用だけ残した、ということもある。その自覚なく、やたらテストをしたがる人がいる。薬は医者の処方で出される、この種のテストも信頼できる医者の処方?治療?の中で行うべきもので、中途半端な勉強の者がやって、あれこれ言うことの危険性を強く感じる。臨床心理や特別支援教育でも、専門バカがどれだけ人を傷つけているか。専門家気どりの人に「そんなわけのわからんもんはいいです!」と感情的に言っているだけと思われないように、私なりに説明できることばを持ちたい。いまさら勝てないしそんな勝負で勝つ気もないけど、知識の量で勝負でなく、ボクシング対相撲ぐらい、リングにいるつもりの相手に「えっ、土俵にあがってたん!」とうろたえさせ、張り手と押し相撲で勝負をつけられたら…ケンカ上手になりたいな、と思う^^今日この頃です。
朝、出勤して仕事場にいると、昨日ドールハウスで遊んでいた小3の女の子の”あと”に、はっとした。首をつったようにぶらさがるぬいぐるみと、そんなことに知らん顔で椅子に座るうさぎの人形。朝日の中で、見過ごせない異様さを感じて撮った。その後、ぶらさがったぬいぐるみだけ取り除いた。
バウムテストも家族構成画も勉強します。でも、それは、「介入せずに保護して、相手の中に『なにか』が育つのを待つ」ための、私の努力である。その子の何を保護してあげるべきなのか、相手の中に「なにが」育っているのか、ふさわしく言えるように、自分自身が専門バカの的外れなことばづかいにならないように、本当に気をつけたい。
カチンくる、むかつく、と、私を苛立たせる人は、私の中であいまいにしたままのものを明確にしてくれる。なんで腹が立つんだろう、それはこうなん違うんか、と考えていたら、大事なことを気付かされる。そいういう意味で感謝しなくっちゃ、とも思う。
最近の高度医療なるものもそうですが、患者その人を見ないで、データばかり見て云々するのです。素人にはデータは読めないでしょう・・・ってか?
返信削除首つり人形に気になりますね。投げつけたり、汚したり、手足をバラバラにしたり、内容物を出したりしたら、専門お馬鹿の方々も、「何か変だな~」くらいは気づくのかなあ。でも、そういうのはデータには出ませんからね。
ロールシャッハのおっさん(おばはん?)は、ホンマに読んでるだけでムカツクなあ。
私なら「ところでその専門性でシューマッハの好きなロールケーキとバームクーへンをアフフヘーベンできますか?」とか聴きますかね。
つまりその人にギャフンと言わせられなくても(相手が強いのではなく、何が負けかもわからんぐらい馬鹿なので)何も言わないよりは、何とか返して、後でそれを笑い飛ばすネタにしてやろうという計算が働くわけです。けっこうセコイかな。
私も連日そういうことばっかりですよ。がんばれ~!
はい、ありがとうございます。
返信削除ガチンコしてもしかたなけど、逃げてもしかたない、主に問う、そして、学ぶ、につきますね。それしか、専門性の権化に向かう術が私にはありません。
昨日の帰りの車中でSalt氏と共通の古い知人?兄弟?の話題がでましたね。ブログを私も読みました。素直に感動しました。おそらく天で会うまで再会はないだろうと思っています。再会してもわだかまりなく話し合うことはないだろう。数年前、前教会とのしこりも主にぬぐっていただきました。天で一切が解決され再会できれば、それで私はいいです。
上のコメント、「アウフへーベン」のミスタイプでした。語呂合わせでミスってちゃいけませんなあ。お粗末でした
返信削除意外に近いうちに逢うことになるかも知れませんよ。まあ、主は私たちが考えているよりも遥かにスケールがでかいですね。
私も自分のセコさや妙な思い込みに嫌気がさします。何でも素直に感動しましょう。
それでいいです。どちみち私たちには大したことは出来ないのだし、うまくいくとしたら主のわざです。
ど~んと構えて、ますます楽しみましょう。
昨日はありがとう。銀じ郎さんの写真、かなりいいと思います。もう少しだけ撮ってみて、さらに選んでみては。まだよくなるんじゃないかな。
確かにお人形さん気になるね。
返信削除僕正直文章を読むまで、ディテールまで写真を見ていなかった。
やはり、まだまだ写真を見る目が育っていませんね。
今年1年毎回基礎講座にしようかな?
昔娘の担任が放課後、大学院に行って心理学を勉強してた。
学級懇談会で「仕事はきっちりしてますから。」といじめの多い問題なクラスでした。
2学期の個人懇談で僕がいったとき、おもむろに4月と12月に描かせたバウムテストを僕に見せた。僕も多少は知っている、そこで「先生、メグミの心理を分析して下さい。」って言ったら、一言「良いいご家庭ですね。」で終わりでした。
普通のおかあちゃん連中なら、有り難く聞くのかな?
喧嘩相手にもならん輩でした。
でも、「智恵」も必要ですのでいろいろ勉強します。
アウフヘーベンって何? ^^ほんま?だわ。
返信削除バウムテストなど描画には、言語にせず伝えられるものがあるから、確かに有効と思います。写真でもできるといいのだけど、言語によらない表現手段を子どもに持たせられると絶対いいと思います。
基礎講座は違うと思うよ。午後にY.B.M師匠が写真を読む場面にいないと。自分の写真じゃなくても人のものでも、そこにいると面白いよ。基礎講座にはない写真の面白さや楽しみ方を教えてくださいます。もちろん基礎講座の内容は大事だけど。
私らは、2時間ほどの検査で、一つの見解(見立て)を出します。そんなもんで何がわかる、と批判されても、戸を叩いて開けた、いや叩いた音から、帰る後ろ姿まで、そのすべてから想像されることで見立てます。学級を見学すれば、掲示物、机の上、中、横からその子の服装、髪型、姿勢、視線の配り方、つぶやき、所作、表情などなど、そこにあるものを読み、想像します。その子の今の課題の優先順位、成育歴、家庭環境、これから心配されることなど、分かるはずもないことまで想像して、はったり?をかまします。それにどんな意味があるのか、と思うことがありましたが、その子にかかわる人の何かの気づきにちょっとでもなればいい、と思うようにしています。
今、写っているものが全てで、そこから写真を読む、そして、何かの気づきを自分の中に生んでくれるというY.B.M氏の姿にはすごく感化されます。
私も担任さんや保護者と子どものことを話すとき、相手が自分で気づくものを待って、という姿勢でいたいな~。