2010年9月4日土曜日

そだちと学びの支援


Saltさんのリコーダー講座、青葉仁会施設見学、と続けた自主研修「そだちと学びの支援」の第3回目を企画中だ。
今回のテーマは「読み書き指導」
実につまらんテーマ。
つまらんのだけど、必要は十分あり、やることにした。
本当のねらいは、リコーダー講座やY.B.Mさんの写真講座をするための布石を打つ、である。
くいつきやすい研修テーマも入れ、声をかける人を増やそうという魂胆。あざといかな~。
とはいえ、「読み書き」の特に「書き」に苦しんでいる子ともは多い。「書く」に抵抗がある子は3年生以降の学習が必ずしんどくなる。それなりに力があっても学習でその力を発揮できす、自信をなくす。子どもの特性に応じて教材や指導内容をまとめ具体的に提示できるようにしなければ、学校の中で適切な手立てが与えられず、学年が上がるに従って深刻な問題をかかてしまう子が増えるばかりだ。
担任は、手を抜いているのではなく、そこまで手をかけられないのが現状であり、教材と指導内容をまとめ提示することは、まっとうな必要でその努力もまっとうなことと思う。
そういった必要は、さっさと具現化して、本当に味わうべき面白いことを私が企画する自主研修としてできるように、今回は布石を打ちます^^
楽しみにしていた田舎の稲刈りは、猛暑のせいで実りが早く近日中にすませる、と連絡があった。
稲のあの匂いを楽しみにしていたのだけど…仕方ない。写真は我が父です。盆の帰省で撮った。昔から何を考えているのかよくわからない、というか、気にならない。でも、父が元気でよかった、としみじみ思う。10月3日の秋祭りに帰省するかな。
彷徨坊主さん、いかかですか?なんにもない田舎の秋の一日を楽しみませんか?

11 件のコメント:

  1. ええ写真やね。

    うちの親父は、じゅうぶん親孝行する前に死んでしまったので、言う資格はなしですが、田舎のご両親を大事にしてあげてください。

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  2. 梅さんみたいな写真ですか?
    2学期になり早速新人さんのクラスに入り国語と算数を参観。
    う~ん。ですね。二人に強く共通することがありました。
    「じっくり思考する場面の欠如です」
    何かベルトコンベアーに乗ったものを、モダンタイムスではありませんが次から次へと送りやるような授業。
    ねじが緩んでいようが、取れていようがお構いなし。ただただ、目の前しか見えていない。
    突然恐い?おっさんが介入し、ベルトをストップさせる。すると、子どもたちが目覚めたような気がしました。
    何か、わけの分からないものに追い立てられるような毎日ですが、だからこそ、立ち止まることが大切なんではないでしょうか。
    子どもたちの特性を見る余裕もない忙しさであるだけに、かなり意識的に足を踏ん張らないとすぐに急流に流されそうです。
    いろんな企画を立ちあげる過程には、じっくり思考する時間が流れますね。僕も考えます。
    今年から始めた新人対象研修ですが、次回は昔の遊び大会をしようかなと思ったりしています。
    20世紀少年世代の僕がやっていた遊びを若い人たちとできないかなと思ったりしています。いいアドバイスがあればまたくださいね。

    来週が稲かりになりそうですね。
    万難を排してなんですが、なんせ万難が万難なんで、もう少し頑張ります。また、連絡ください!

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  3. Saltさん
    親孝行とまではいきませんが、会いにはちょいちょい帰るつもりです。

    彷徨坊主さん
    稲刈りは6日にする、と連絡がありました。
    せっかくだったのにごめんね。

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  4. 隆嗣さん

    1年目に教わることって影響あると思いますよ。

    去年は私も4人担当しましたが、思ってた以上に疲れました。

    でも思ってたほど退屈はしませんでした。

    大変だと思いますが、愉しんでください。

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  5. そうなんですよね。
    何より僕自身が「楽しんでいないとね。」
    リコーダ講座も楽しそうですね。

    「楽しみ」の前で息絶え絶えなんかな?
    考えるより行動ですかね。

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  6. 母性は子どもとのやり取りの中で豊かになります。
    相互作用です。母性が足りない、ではなく、もともとないものの中で子どもから豊かにしてもらうもの、と考えると、気が楽?ではないかな、とお母さんたちのことのを考えます。
    発達障害があり、どうしたってむずかしい子育てになる子を「なかなかかわいいと思えない」というのは、母性(愛情)が足りない私の問題、ではなく、相互作用を得にくい中で、こんなに愛情を注ぎ母性を持っている私ってすごい?と考えては、ということです。

    まあ、そんな簡単でも単純でもないですが…。

    子どもとの関係も、同僚との関係も、相互作用ですよね。
    いろいろな人がいますが、「一緒に共有して楽しみましょうよ。」というスタンスでやりたいと思っています。
    療育のコマがびっしり詰まった2学期のスケジュールを見ると、その点を忘れてはしんどくてやってられません。

    この子にはどんなトレーニングが必要か、というケース会の主題をテキトーに聞き流し「この子と何をしたら面白いやろ。一緒にバカ笑いできるかな」を私は一生懸命考えます。

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  7. ベルトコンベアーみたいに流れていくしょーもない授業の失敗の原因は、多くの場合、「自分の段取りどおりに運んで行きたい」と思うところにあります。

    だから、子どもを見ないで、自分の手元や黒板ばっかり見ている。

    そういう連中にベテランの小技を見せても、簡単には真似できません。

    だから、いっそのこと何一つ段取りを考えず、「いかなる学校的価値を生み出さない」というねらいで、とにかくどうでもいいような話をして、子どもの顔見ながら45分やりとりするとかの方がずっといいと思うんですが、いかがでしょう?

    銀じ郎さんの仕事も、もっともっと、びろ~~んと伸ばして考えたらさらに良くなると思います。

    他の人が、いったい何の価値があるのかようわからんというようなことをいっぱいやってください。

    「価値ですか?んなもん、特にないっすよ。ちょっと、おもしろそうなんで、やってみただけです」

    「効果ですか?バカ笑いしてたんで、とりあえず、大成功かな」などと言いつつ、愛着の論文を発展させてください。

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  8. 硬派銀じ郎 さん

    「やり取りの中で豊かに」
    本当にそう思います。親心は子供が出来てこそ、
    老婆心は歳をとってこそかな、事の大小はあるけどもともと無いのは何となく思ってました。
    実際子供とコンタクトが無い親の中には全く子供に対する関心が無い方もおられます。
    犬を飼ってみて犬の可愛さがわかったり、猫を飼って猫をもっと好きになることはあると思います。
    頭でわかっていても経験が大切ですね。
    お互いもっと経験しないと伝えられないですね。

    Salt さん

    これは教会と言われる集まりにもありますね。
    ただ語るほうとすると、何一つ段取りをしないで出て行くのは結構勇気がいるかバカにならないとできないですね。
    そもそも説教が必要かどうかすら不明な時もありますし、本来新しいことを知る事は楽しいことなのに
    行かなければならない、になったとたん楽しくなくなるのは、神のおろかさによるものか。

    まあ、楽しんでやりたいです。

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  9. どうやら多くの人に認めさせよとするとおかしくなるようです。自分がすることは、相手と自分とがどう納得できるかが最優先課題で、動機と目的の全てとなるものです。
    「こんなことをしている自分を第三者(より多くの)に認められるかも、と考えた瞬間に×ぺけですね。

    Saltさんも電気屋さんも
    不純物に惑わされない自由がありますね。
    いつも考えさせられ気づかされます。

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  10. 「Saltさんも電気屋さんも
    不純物に惑わされない自由」

    私の場合は、どっぷりと不純物に浸っていたので(引きずり込んでもいた?)
    アレルギー反応によるものでしょう。
    主が今の道を示して、それを選択する自由を与えてくださらなければと、思うと怖ろしいです。

    でも、ありがとうございます。

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  11. アレルギー反応…体は正直、ということでしょうか。

    そういう感性がとても大切ですね。

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