先日、人間ドックに久しぶりに行った。
昨日帰宅すると結果が来ており、いろいろE判定(再検査要)が出てしまった。
ドック直前に、ちょっと不摂生をしたのが悪かったか、それまで数値はよかったのに、残念。
その中で、右目に黄班網膜前膜の疑いあり、とあった。
普段はなんともないが、通勤中文庫本を読んでいると右目の視力がガクンと落ちることがあり、「老眼か」と思っていたのだが、早めに眼科に行ってみようと思う。
見えなくなるのは、ちょっと、かなり困る。
でも、見よう、きばると見えなくなるものがあるような気がする。
でも、見よう、と思わなければ見えないものもある。
私に見せよう、と神さまが思われているものを、私が見ようとしますように、という姿勢でいることが私にとって大切である。
さて、今あるものを、あらためて見つめ直そう。
神様が示されることを本当に素直に見聞きできることほど幸せなことはありませんね。
返信削除僕は右耳の聞こえが悪くなり、何を学べたんでしょうか?本当に考えさせれます。
今度の手術では何が示されるんでしょうか。
田舎の教会で牧師先生が「死は一切の『No』、拒絶、無意味、無価値だが、永遠のいのちは一切の『Yes』、受容、有意味、有価値」と話してくださいました。
返信削除忘れられません。
神さまにあれば無駄なこととか悪い方にいってるとか…
そういった思考と違う考え方がありますね、それが、あるだけで十分感謝な恵みと思います。
夏休みはゆっくり会いましょう。
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返信削除心配ですね。
返信削除お体を大事にしてください。
と、いったところで「もうしてるし」とか思うのですが、加齢というものによって外側は加速をつけて「死」に向かっていっている事を感じますね。
剛一郎さんの話ではないが、どんな大事な時でもいかなる予定があっても死は「ここまで」とこの世の全てに対して打ち切る力と権威を持つ。
それに対して「復活」だけが死に対して
「お前の出来る事は、ここまで」と引導を渡すことが出来る。いやーすごい。
でも、大したこと無いといいのですが、、。
今日は早く帰れたので、近所の眼科に…
返信削除雨の中、行ってみると火曜の午後は休診でした。
肝臓の数値も悪く、腎炎や尿路感染症の疑いも出て、…どういうこと!?という気分ですが、この夏はゆっくり検査してもらいます。
体は元気にこしたことはありません。たまにあるどうしようもない体のだるさが、このあたりのせいなら、すっきりさせたいな、と。体を壊してまで頑張る!なんて気は全然ありません。
当面は塩分と油脂と糖分をひかえた食事と水分補給を心がけます。